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スピリチャル日記3

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より良い人生を送るために、新しい人間、宇宙観を考えていこうというものです

カテゴリ:policy( 52 )

機能の選択が利いたのか、今日は平穏な一日でした。
今日は異動の辞令の交付日でもあり、最後の仕事と片付けで10時過ぎまでやっていました。
できるだけ切りのいいところまでと思ってやっていたので、若干焦り気味でやっていましたが、それでもまあまあましなほうでした。

もちろんいつもどおりの想念は浮かんできましたが、例の「ありがとう」で何とかやり過ごせました。
ちょっとでもやばいと思ったら、すぐ「ありがとう」です。
これで大事にはいたらずに済みます。

結局総じてこういった日のわりには、平穏にやれたと思います。
この調子でいきます。
これなら過ごしやすいですね。
by human-space | 2006-04-04 00:45 | policy | Comments(0)
今を基準に考えると、今までもやもやしていたものがすっきりとしてきます。
何が大事で、何が大事でないか。
ほんとにやらなければならないのは、何か。

今この瞬間に、いろいろな感情や想念が浮かんできます。
それらをちゃんと感じることが、今することです。
いいと感じる想念も、悪いと感じる感情も、ただ感じます。
それが今することです。

感情や想念を感じることが、今することです。
ただ、ああこんな感情があった、こんな想念が浮かんできた、です。
それらを批判したり、心配したりすることは今することではありません。

過去や未来のことを心配することは、今すべきことではありません。
それは過去に終わったことであり、未来でやるべきことです。
今すべきことではありません。

こんなことを考えている自分がいると、認識できればいいだけです。
そのことを認識できれば、頭に浮かんできたことは悩みではなくなり、ただの想念であることがわかります。
そのことがわかれば、心配はなくなり、気が楽になります。

また、浮かんできた想念で、今できることは、今すべきことです。
もちろん常識に考えてです。
逆に今できないことの想念は、今すべきことではありません。

今できないことは、ただの想念です。
ですから、そういった想念が浮かんできたことを認識していればいいだけです。
ああこんなことをしなければ、という想念が浮かんできたということです。

ただの想念であることが認識できれば、しなければいけないと思うこともなくなります。
先のことを悩まなくなります。
そして気も楽になります。

また、進むべき方向は、今したいことです。
今したいと思うことをすることで、進む方向に向かっていくことになります。
自我がそのことを今理解できなくても、いずれはそれにつながっていきます。

一見何の関係がないように見えても、それが一番の近道です。
宇宙の流れに乗って、楽にいける道です。
それは自我で考えるより、間違いのない方法です。

自我もいろいろと考えますが、すべてがわかっていないので、必ずうまくいくとは限りません。
宇宙はすべてがわかっているので、それに従っていれば間違いありません。
気にすべきは、それが宇宙からきているか、自我からきているか見極めることです。

どちらからきているかは、経験を積む必要があるかもしれません。
直感が働いてくれば、自然にわかるでしょう。
ある程度の欲望や感情のコントロールはしなければいけません。

まずすべきはつねに意識が、今にいるようにすることです。
どうしても感情や想念に意識がいってしまいがちになります。
それでも気がつけば、今にいるようにします。

今にいれさえすれば、物事がはっきりしてきます。
やることがわかってきます。
ともかく、今にいることから始めます。
by human-space | 2006-03-19 21:21 | policy | Comments(0)
こういった時代にこそ、頼れるのは自分の内側のものです。
外側に求めても確実なものはありません。
自分の内側の声を聞いて進んでいきます。

まずはあまり先をみないで、今ここに意識を持ってきます。
今ここから始めます。
今ここにいることを認めることから始めます。

今ここにいるのは、何か理由があって今ここにいます。
それは全く問題はありません。
今がどんな状態でもです。

問題がないと思えないないのは、自我です。
魂ではありません。
魂はつねに問題がないとわかっています。

そして今が問題でないとなると、次はこれからどうするかです。
それは自分の内側に聞いてみます。
はっきりと答えはわからないかもしれませんが、何となくこうしたいとかいう感じです。

それに従っていきます。
それが自分の進む道です。
それがスムーズにいける道です。

それが自分が前もって決めた道です。
これに従わないと逆に苦しい思いをしてしまいます。
進む予定の進路と違うと、そこに大変な思いをして引き戻されてしまいます。

頭のなかを静かにしていないと、その声が聞き取れないことがあります。
物質的な欲望、感情、外側のいろいろな出来事ばかりに意識がいっていて、内側に向けていないとそうなってしまいます。
その結果、違うほうにいってしまいます。

そのためにも、今に意識を戻します。
今がどんな状態でもいいですが、その状態を認識します。
いま自分はこんな状態だ、と確認します。

それがいい悪いは思わないようにします。
実際自我がどう感じていようと関係はありません。
ようはこれからどうなるかです。

どうしようか自分で決めていきます。
といってもあまり過剰に意識することはありません。
今の状態が認識さえできれば、あとは自然にしているだけです。

何かしなければと、あせる必要はありません。
わからなけば、じっとしています。
いままでどおりの日常をこなしていきます。

あわてて変えようとする必要はありません。
しなければいけないことがあれば、いつもの日常をやっているうちに、自然と起こってきます。
それに従ってやっていくだけです。

これはけっこう辛抱がいります。
自我は派手なことばかりに目がいってしまって、そうでない地味なことはうまくいっていないと思ってしまいます。
ほんとはこの日常の地味なことのほうが大切なのです。

これがうまくいってこそ、その先の大きなことができるのです。
それを飛ばしてやろうとすると、それを手に入れた瞬間こそは素晴らしいと感じますが、次の瞬間にはまた同じような日常が続いてしまいます。
それの繰り返しになってしまいます。

そうならないために、まず今目の前のことがベストであると思えるようになる必要があります。
それには、あまり先を見ないようにして、つねに今ここを意識して、今がベストであると思うようにします。
これはなかなか根気がいりますが、ここをクリアーしないと前に言ったことになってしまいます。

そしてこれができるようになると、どんなときでも幸せに感じることができるようになります。
幸福感は手に入れるものではなくて、ただ感じるものです。
つねにあるのですが、ただ感じられていないだけなのです。

これさえ感じられるようになれば、あとは先ほど言った、心に思うままに生きることです。
こうなれば、どんな状態であっても幸せに感じられるのですから、怖いものはありません。
外側がどんな不確実なものであっても関係ありません。

今が幸せに感じているんですから、あわてることはありません。
あとは自分の思うままに進むだけです。
あとは自分の人生を楽しむだけです。

基本的な考え方はこれでいいと思っています。
あとは実践です。
やっていくだけです。

いままではやり方がわかっていなかったために、行き当たりばったりで、大変な思いばかりしてきました。
これからはうまくやります。
あわてず、自分の内側を感じながらやっていきます。
by human-space | 2006-03-19 17:38 | policy | Comments(0)
先の未来に理想的な自分がいるのではなくて、今この瞬間の自分が理想的な状態でいます。
今それがどんな状態でもです。
いつもそうなっているのに、自我が気づいてないだけです。

一般的な自我からみれば、そうは見えません。
それが普通だと思います。
高い見地からみれば、今どんな状態でも理想的なのです。

つねに魂のレッスンを受けれるようになっています。
どんなときも今のその状態が、その人にとっては進化するための理想的な状態がセットされるようになっています。
いつも進化のためのベストの状態であるということです。

ではどうすれば今が理想的な状態だと思えるようになるのでしょう。
実はそれは全く簡単なのです。
それは自分が今が理想的な状態であると思えたならば、その瞬間にそうなるのです。

ただそれだけです。
いま目の前にあるすべては常に理想的なのです。
それしかありません。

ただ自我だけがそう思えてないのです。
自我だけがわからないのです。
ですから理想的な状態になるのは簡単です。

というか常に理想的な状態なのですから、何もしなくてそうなっています。
理想的になろうとする必要はないのです。
もうなっています。

やることはただ、今が理想的だと思うだけです。
今が理想的なのにそう思えていないので、思い直したらいいだけです。
ですから思えたその瞬間から悟れます。

何も滝に打たれる必要はありません。
特別な修行は必要はありません。
ただしたほうがよりなりやすいというのはあります。

今が理想的な状態なんだと、思いついたら自分に言い聞かせていました。
これでちょっとは気分がすっきりします。
いつも自分でもこのことを忘れないようにします。
by human-space | 2006-02-16 22:03 | policy | Comments(0)
それは今までのやり方ではなくて、宇宙の法則に則った新しいやり方で生きること。
このブログの趣旨のとおりですが、改めて今日思いました。
それによってこの生を楽しむこと、そのためにここにいると思います。

スピリチャルな生き方ということになりますが、精神的にはもちろん物質的にも豊かに生きるようにします。
そのバランスが取れるようにします。
だんだんとよくはなってきていますが、これからです。

これから本当に人生を楽しんでいきたいと思います。
一瞬一瞬に取り組んでいきます。
今を逃がさないように。

あせることなく、今したいことをやっていく。
周りに惑わされることなく、自分の心の望みを叶えていく。
その体験こそがここにいる目的です。
by human-space | 2006-02-12 17:28 | policy | Comments(0)
生きていくときの基本的な考えをまとめてみました。

1.この世界に生まれてきたわけは、覚醒の過程を体験するためであること。
魂だけになれば覚醒状態なので、いまここにいる目的は覚醒そのものではなく、覚醒の過程の体験であること。
よって覚醒している体験と今の覚醒していない体験は同じ価値があるので、今の状態がどんなものであっても気にする必要がないこと。
宇宙の流れは常に進化に向かっているので、特に意識ていなくても目の前に現れてくる現実に取り組んでいくことで自然と覚醒に向かうこと。
よって目の前の現れてくる機会は覚醒するためのレッスンで、物質的な幸福が最終目的ではないので、必ずしも楽しいことばかりではないが、あまり考えすぎる必要はないこと。

2.何かの目的を持って生まれてきているので、今の生を精一杯生きること。
転生輪廻でいろいろな生を体験しようとしている。
周りのことが気になって、うまくいっていないような気になるが、今のこの生で自分のやりたいと思うことを一生懸命やることが目的を達成することになる。

3.今にいることで、宇宙からのパワーを得られ、そのパワーで楽に生きられること。
今にいれば、思考で考えた弱々しいパワーでなく、宇宙とつながってそのパワーを得ることができること。
現実は今しかなく、過去や未来は思考の中のものであること。
過去や未来のことを考えているときは、思考の中にいることになり、現実から離れてしまい、宇宙のパワーを得られないこと。
その方法は想念観察をすることで想念を見張っていて、意識が思考に気を取られないようにしておけば自然と今にいれること。

4.この物質世界を楽しむためには、物質を得ることではなく、逆に物質的な想念を手放すことによって得られる。
物質を得ることで瞬間的には幸福感を得ることができるが、物質的な想念を手放すことで、どんな状態でも幸福感を得ることができるようになる。
不安や恐れはすべて物質的な考えからきているので、取り込まないよう受け流すこと。
この物質世界を楽しむためにいるので、すべてを禁欲する必要はないが、物質主義的欲望が起こってきても、それをしてもしなくてもいいようなフラットな状態でいれるようにすること。

5.外側より内側に対処すること。
この世界は心が投影された世界なので、外側ばかりに対処しても、内側が変わらなければまた同じようなことが起こってしまう。
何かあればまず自分の内側に対処すること。
外側に対処しなくていいというわけではないが、内側が変わることによって、外側も自然と変わってくる。
問題があると思えるようなことも、その原因は外側にあるのではなくて、内側の自分の価値観と合わないために問題と思っているだけなので、その価値観を変えることで問題とは思わなくなるようになること。

今思いついたことを書いただけで、まとめといいながらまとまっていませんが、生きていくうえで役に立つと思います。
by human-space | 2006-01-22 23:49 | policy | Comments(0)
昨日いつだったか、ふと思いました。
自分の心は変えられるけれども、人の心は変えられない。
考えてみれば当たり前ですね。

簡単にはいかない場合が多いですが、自分の心は自分で変えられます。
でも人の心は変えようとすることはできるけれども、自分の心のように直接書き換えることはできません。
人にこう思ってもらおうとすることはいいですが、結果はどうなるかわからない、これが真実のようです。

ですから人によく思ってもらおうとするよりも、気にならないように自分の心を変えるほうが簡単、ということになります。
気に入らないからと周りを変えようとするのではなくて、自分が変わるほうが間違いありません。
周りを変えようとするのは、とても効率が悪いということになります。

前にもいったように、自分が思うということはある価値観からきています。
例えばそのことが悪いことだとという価値観を持っているために、そのことに対して怒りが起こってくるなどです。
ですからその思いを変えるためには、その元の価値観を変えればいいのです。

そことことは悪いことではない、そう思い直すことでそのことが気にならなくなります。
理屈は簡単です。
現実はなかなかそうもいきませんが、実際この相対的な世界は考えようによってどうとでも取れるのです。

たまたま今の環境では悪いことと思えるだけで、状況が変わればそうではないのです。
この世界の価値観に絶対はありません。
それは自分の想念を観察していればわかってくるはずです。

ですからどんな想念が起こってきても、人の心を変えようとするのではなくて自分の心を変えれば済むことになります。
そういうことなので、どんな想念が浮かんできても間違いではないので、それを判断しないでただ見ていることです。
ああ今こんな想念が浮かんできている、自分はこんな価値観を持っているんだと見ていればいいだけです。

もし直したければ、自分の価値観のほうを直せばいいのです。
それでも特に直さなければいけないことはありません。
その想念や感情をそんな感じで客観的に見ていれればそれでいいです。

それができれば、ニュートラルでいれていることになります。
思考の中にはまり込んでいないことになります。
今にいれていることになります。

これができていればだんだんと自我が薄れてきて、心が宇宙の根源の性質を持ってくるようです。
そして心の本来の力が戻ってくるようです。
そうなれば強い心でこの世界を楽に生きることができるようになるでしょう。

あまり意識しすぎることはないでしょうが、ともかく起こってくる感情や想念を批判しないでただ見ているようにすることです。
とりあえず意識することはそれだけです。
複雑に考えず、シンプルにいきます。
by human-space | 2005-11-26 15:34 | policy | Comments(0)
前にもこの題で書いたことがあったのですが、今日もまた意識しました。
朝からちょっとしたことがあって、ムカムカしています。
ほんとにちょっとしたことなのですが、自我が過敏に反応しています。

誰でもそうだと思うのですが、自分のなかには自分なりの正義の味方がいて、物事によい悪いを判断しています。
よいと思われるときは何も起こらないのですが、悪いと判断すると拒否反応が起こってしまいます。
イライラしているときはそれが激しい感情になってしまいます。

こんなときはどうしても外側のものが悪いと思ってしまいます。
普通はどうしようもないと思います。
これは自分のなかに固定した価値観があって、それに合わないものを拒絶しているだけです。

この固定した価値観こそが自分の正義の味方です。
これはだいたい世間一般の常識と合っているので、間違いないと思い込んでしまいます。
でもこの相対世界には絶対的なものはありません。

絶対に正しいというものはないのです。
それはその人のなかだけで正しいだけです。
その人の正義でしかないのです。

それを無理矢理他の人に押し付けてもうまくいきません。
他の人は他の人で、自分のなかに自分の価値観を持っているからです。
ですから自分の価値観を固定している限り、うまくいかないことが多いのです。

これを解決するには、相手に合わせて小手先だけでやっていてもきりがありません。
画期的な方法は自分のほうを変えることです。
自分の価値観を変えることです。

この世界は絶対はないのですから、どんなことでも絶対に間違っているとは言えません。
最初からすべてのことは問題ないと考えても、間違いではありません。
というかある意味これが正解です。

このように自分の価値観を変えることで、すべて問題がなくなります。
すべてOKということになります。
何かごまかしているように思われるかもしれませんが、これが真実だと思っています。

一般的に良いといわれている人ほど、この自分のなかの正義の味方に問題があることになかなか気づきません。
そういう人ほど、このこのことに気づきにくくなっています。
自分はいいことをしていると思い込んでいるからです。

世間一般的に誰がどう見ても悪いことと思われることは、頭から悪いことだと思い込んでいるために、自分を疑わないのです。
あまりにも当たり前になっているので、疑うこともしないのです。
それで自然に外側のものが悪いと思ってしまいます。

このことに気づくのは本当に難しいです。
わかっていてもいつの間にか、元に戻っています。
かなり意識しておかないと、忘れて相手が悪いと思ってしまいます。

その場しのぎはいろいろ方法がありますが、最終的には自分の自我のほうを修正しないと、いつまでたっても同じことの残り返しになります。
もうさんざんいやな気分を味わってきたので、もういいです。
私は自分の自我を修正することを選択します。

ではどうやって修正するかといえば、残念ながらまだ画期的な方法は気がつきません。
ぱっと切り替われるとはとても思えません。
できることからやるしかなさそうです。

まずやることは、こういう事実を認識して、これを変えることを選択することです。
気がついただけでも進歩といえます。
問題が外側ではなく内側にあるとは、なかなか気がつけません。

あとはつねに想念や感情を見張っておくことです。
外側のせいにしているときは、違いなく自我の想念です。
これはわかっていても、いつの間にか今までどおりになってしまっていますが、気がつけば直すようにします。

やはり地道にやるしかなさそうですが、大事なの変えることをはっきりと選択することです。
どうしてもここを抜けないと、いつまでたっても同じことの繰り返しです。
どうしても通らなければならない道です。

現実には外側ではなく、自分の内側が悪いと思うのは大変苦しいです。
言うは簡単、やるは大事です。
なかなかできません。

何せ何十年も当たり前にやってきたことを変えるのですから。
それも180度。
全く逆転しなければなりません。

でもできればかっこういいですね。
世俗から一歩抜け出れます。
抜け出れれば、この世界のことを客観的に見れそうです。

これこそ求めていたものでは。
これはやるしかなさそうです。
もうあとには引けません。
by human-space | 2005-09-25 12:40 | policy | Comments(0)
このことは明らかです。
知識は思考のなかにあるので、そのなかにいるうちは悟れません。
悟りは思考の外にあるからです。

このことは考えればわかると思います。
思考の外にいるとき悟れます。
思考の外=今にいるときです。

今にいるとき、悟ってるということになります。
私が今悟っているわけではないので(ある瞬間はそんなときがあるかもしれません)、ここのところははっきりとわかりません。
間違いないのは思考(=知識)のなかにいるときは、悟れないということです。

では知識は無駄かというと、もちろんそんなことはないと思います。
悟っていない人が悟るためには、悟りへ方向付けする必要があります。
それには知識が必要です。

悟っていない人が何もしないのでは、その状態のままです。
悟りの方向に進む必要があります。
そのやり方の知識は必要です。

ただ最後はその知識を手放す必要があります。
意識が思考(=知識)から離れたとき、悟れるからです。
悟りは知識ではなく感覚です。

前にも言いいましたが、蜂蜜の甘さは本をいくら読んでもわかりません。
実際に食べてみないとわかりません。
悟りも体験することが必要です。

ではどうやれば悟りを体験できるのでしょうか。
瞑想?、ヒーリング?、スピリチャルな体験?
どれもそのうちにひとつでしょう。

私が今これだと思うのは、いつも言っている「今にいること」です。
それは思考の外にいることになります。
日々自分の想念を観察して、自分が想念と一体にならないようにしておくことです。
思考や感情と一体にならないようにしておくことです。

そして今がベストだと思って、今を大事にしておくことです。
先のことはあまり考えずに、今を十分に体験することです。
いま目の前のことに意識を向けておくことです。

この「今にいること」を続けることです。
もし今うまくいっていないと感じるならば、それでいいのです。
今はそういう体験をするときなのでしょう。

そのうまくいかない体験をすることが必要なのです。
自分の神性の素晴らしさを体験するためには、素晴らしくない体験をする必要があるのです。
肉体を持たない状態では神性そのものになっていますが、すべてが素晴らしいのでどれくらい素晴らしいかがわからないのです。

それでわざわざ素晴らしくない体験をするために、制限された力しか使えない肉体を持って生まれてきているのです。
ですからすべての体験は必要なのです。
うまくいかない体験が強ければ強いほど、うまくいったときの喜びは大きくなります。

「今にいる」ことを続けていれば、自然と悟りに行き着くと思っています。
それを続けていたら、気がついたら悟っていたということになるのでしょう。
悟りとは目指すものではく、ただその結果そうなっているだけのものなのかもしれません。

大事なのはその過程です。
感謝の一日さんのブログで紹介されていた有名なマスターの一説です。
「スピリチュアルの道は、悟りという遠い理想を達成することを夢見るよりも、むしろ霊的目覚めという現在進行中のプロセスをいまこの瞬間に体験することなのだ。」
by human-space | 2005-09-20 22:29 | policy | Comments(2)
今日人生の枠組みについて、ひとつ気がついたことがありました。
それは単純に言うと先のことは考えない、ということです。
これだけだと何のことはないように思われますが、自分の中では経験に基づいてかなり確かなことだと思えるようになってきました。

今まで自然とこれをやっていたものがあります。
毎週土曜日は夕方5時から9時までテニスのサークルでの練習があります。
たまたま年長者ということで代表をやっているのですが、もうそろそろ3年になるのに何とか続いています。

元々6人くらいで始まって、増えたり減ったりしながらも今までやれています。
最初頃は人数がそろうのか心配でしたが、途中から何も考えないことにしました。
というか考えても仕方がないので、本当に何も考えていません。

出たとこ勝負ですね。
これで今まで何とかやれてきました。
こじんまりとうまくやれているのではないかと思えるくらいです。

この経験をもとに、全人生にまで広げてみます。
仕事のことも生活のことも先のことは何も考えません。
目の前のことだけをやっていきます。

そう思うとすごく気が楽になってきました。
まあいい意味の開き直りのつもりです。
何となく何とかなるだろうと思えています。

もちろん細かいことはいろいろあると思います。
それはそのとき考えればいいです。
それでやれると思います。

大きいことは自我で考えてやるよりは、宇宙に任せているほうがスムーズにいくような気がしています。
流れに乗っていけるような気がします。
逆に自我で考えると、あちこちぶつかってスムーズにいかないのではないかと思います。

人生を放棄しているように思われるかもしれませんが、これは理屈ではなく直感です。
自分の中では本当にそう思えるのです。
これは知識から言っているのはありません。

このやり方は知識だけでやろうとしてもうまくいかないのではなかと思います。
逆に無理してやっても、ぎくしゃくしてしまうのではないかと思います。
今こういうふうな精神状態に自然となっていいるので、そういえるのです。

私はこれを人生の枠組みとしてやっていきます。
これならとても楽にやれます。
目の前のことだけやっていればいいのですから。

こういうことがほんとうの生き方ではないかと思います。
そうでないならあまりに大変すぎます。
神様は自分が過ごす予定のところに、そんなに大変なことにはしないはずです。

これからはこれでいきます。
今からです。
あとは開けてのお楽しみということになります。
by human-space | 2005-09-04 17:39 | policy | Comments(0)