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スピリチャル日記3

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より良い人生を送るために、新しい人間、宇宙観を考えていこうというものです

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最近何かあっても自分の中心にかえってきて、いつまでも尾を引かなくなりました。
半日もそのことに煩わされている、なんてこともありませんでした。
といってもあとで思い出して気にしているなんてことはよくあります。

感情の起伏はしょっちゅうありますが、それが長引かなくなったということです。
でもそんなにすっきりとしているわけではありません。
一日まあ何とかやれているという感じです。

それでも頭の中がだいぶわかりやすくなってきました。
前は今まで足を踏み入れたことのない、暗くてどうなっているのかよくわからない部分がありましたが、今はそんな感じではなくなってきました。
相変わらずごちゃごちゃしているけれども、だいたい何がどこにあるかはわかっている、という感じです。

自分の反応も、想念観察を続けていると、だいたいパターンがわかってきました。
ああまたこのことを言われて、カッカきているなというぐあいです。
そのパターンがわかっていても、感情はなかなか思うようにはいきませんが。

あと創造のエネルギーの流れを感じた気がしました。
いままで頭の中ではいろいろと考えていたものを、ちょっとしたことですが初めて実際の行動をとってみたら、そのときそれを感じました。
かすかですが流れてきている、という感じです。

精神エネルギーが物質化してきているのでしょうか。
本を読みすぎているせいかもしれませんが、間違いなくちょっとした変化はありました。
忘れないうちに書いとこ。
by human-space | 2004-11-30 21:55 | diary | Comments(0)
何も必要としないこと。
すべてを望むこと。
現れたものを選択すること。

この3つです。
「神との対話」のなかで簡潔に書かれていました。
わたしにはとても広大な意味を持つ言葉に思えます。

相反するようにみえますが、宇宙の心理を普通の日常生活に生かすようにすると、こういう言葉になったのでしょう。
頭の中ではこれの意味することをわかっているつもりですが、わたしのちょこちょことした解説では、この言葉の趣旨をゆがめてしまいそうです。
それは「神との対話」全3巻を読めばみえてくると思います。

ともかくこれを日常生活に生かすことが大事です。
日常生活で意識しないでも、普通にやっているようになることです。
そうなれば「マスター」ですね。



by human-space | 2004-11-29 20:52 | policy | Comments(0)
マラソンをしていてあとから追い上げていくと、だんだんと先頭集団に追いついていきます。
アナウンスで「誰それが先頭集団の後ろ姿をとらえました」などとよく言われます。

近頃ちらちらと神の先頭集団の後ろ姿が見えた気がするのです。
錯覚かもしれませんが、宇宙の真実の姿がちらっと見えた気がするのです。
それに向かって走っていこうと思います。

まだまだ駆け出しで右も左もわからないけれども、あれに向かっていけば間違いありません。
ただそうは思っていても、この現実と自分の考えている世界があまりに違うのです。
その違いを正していく作業をしていきます。
ちょっとづつ、ひとつひとつです。
目の前の小さなことから始めています。

その過程を日記にしていきます。
どうなるか自分でもわかりません。
ただこれからずっと、一生以上!?続けていきます。
by human-space | 2004-11-28 22:59 | policy | Comments(0)
何かいやだなと感じるとき、外側に起っていることのせいにしてしまいます。
それが普通だと思います。
誰かに言われたせいで、気分が悪くなった。

それはその人が悪いと思ってしまいます。
他の人に何かを言われてムカッとくるのは、自分の中に持っている価値観と相手が言っている価値観が違うときに起ります。

自分がこう思っているのに、相手は違う考えを言っている。
特にそれを押し付けられると怒りを感じます。
ある価値観と違う価値観がぶつかると、怒りの感情が起ってくる。

これは物理的な現象です。
それは機械的なことです。
悪いことが起こっているわけではありません。

よくその怒りの感情から、その人の憎しみの感情へと移っていきます。
それは行き過ぎです。

怒りの感情が起ることはある意味自然なことです。
違うものが出会えば起ってしまうものですから。
正しい怒りの感情の対処の仕方はこうです。

怒りの感情が起ったら、その感情をちゃんと感じてやります。
ああ今自分の中に怒りの感情が起きていると、ただ眺めています。
そうすれば、怒りの感情はだんだんエネルギーを失って消えていきます。

それでこの件は終わって、あとに尾を引くことはありません。
あと別の感情を感じることができます。
そうしないで相手が悪いなどと思っていると、その感情にエネルギーをつぎ込んでいって、いつまでもその感情を引きずってしまいます。

本当のところ相手が悪いわけではないのです。
それは自分の中に進化するときに修正すべきところがあるために、それが外側に現れてきているだけなのです。
もっといえば、それは歓迎すべきものなのです。

実際その現場にいるときは、頭に血が上っていてとてもそうは思えないと思います。
もちろんわたしもそうです。
でもそのときちょっと頭を冷やして、どうしてこんなことが起ったのか考えてみます。

どうしてこんなことを言われて、自分はムカッときているのだろうか?
それはさっきも言ったように、自分の持っている価値観と相手の価値観が違うために起っています。
ですからその価値観をすり合わせればいいのです。

そのとき普通は自分は合っていて、相手のが間違っていると思ってしまいます。
そして相手の価値観が間違っていると責めてしまいます。
どうしてもそうやってしまいます。

そこでちょっと考えてみればわかりますが、まず価値観に絶対はないということです。
この二元性の相対世界では絶対はありません。
絶対にいいこと、絶対に悪いことはないのです。

どんなことも見方によって変わってくるのです。
自分から見れば絶対に正しいと思えることでも、相手から見れば間違っているとみえることもあるのです。
ですからどんなに相手が悪いと、自分がそう思えても決めつけられないのです。

ではこんなときどうすればいいのでしょうか。
自分の価値観を直さずに相手のほうを直そうとすると、どうしても次から次へと相手を直していかなければいけません。
これはきりがありません。

あまりよいやり方とは思えません。
実は今回こんなことが起こったのは訳があります。
先ほども言ったように、自分が進化するのに引っかかることがあるために起っています。

今がそれを修正するチャンスです。
今自分の持っている価値観を修正するチャンスです。
自分が絶対に正しいと思い込んでいる価値観がこれから進化するのには合っていないというサインです。

ですから自分の価値観のほうを直していきます。
これがかなり難しいです。
長年そう思い込んでいたことを直さなければいけないからです。

実際自分もこの理屈がわかっていてもなかなか苦しいです。
ちょっとずつちょっとずつしかできていません。
これは根気よくやる必要があります。

でもやってみる価値はあります。
ひとつクリアーすると、その件に関してはあと問題が起こることはありません。
逆に逃げていると、いつまでたってもそのことで同じようなことが起こってしまいます。
いずれはやらなければいけません。

もうやるしかないと決めています。
ここまで来てしまいました。
知った以上知らんふりをしているほうが苦痛です。

どうもこの世界は常に進化のほうに流れているようです。
常にです。
それ以外のことは起こっていません。

それなのにそう感じないのは、自分の価値観が正しいと思い込んでいるからです。
自分の価値観から見ると間違っていることが起こっているように見えるのです。
間違っているのは周りのことではなくて、自分の価値観のほうなのです。

そろそろ今までのやり方を変えるときが来ています。
今までのやり方ではうまくいかないのは間違いありません。
周りのことやテレビのニュースを見ていればわかります。

根本的に変えなければいけないのです。
元を変えることで、いろいろんこともいっぺんに変えることができます。
複雑に見えることも元を直せば修正できます。

わたしもこれからです。
目の前のちょっとしたことが大事です。
ひとつひとつクリアーしていきます。
by human-space | 2004-11-28 22:25 | policy | Comments(0)
今までは新しい考え方の本などを読んで感激しても、その時だけであと実生活に戻ったら今までどおりになっていました。
気にしているのは本を読んだときだけで、生活自体は何ら変わっていませんでした。
これからはちょっと違います。

常に意識的に新しい考え方を頭に置いています。
個々の出来事が新しい考え方にどう適合するか、ひとつひとつ検証していきます。
それが新しい考え方でうまく解釈できなければ、どうしてか考えていきます。

まだまだですが、だんだんと新しい考え方が実生活になじんできている気がします。
それほど不自然ではなくなってきています。
ああ、ここはこうなっていたんだ、それでこんなにいなっていたんだ、と納得できるようになってきました。

といってももちろん全部ではなくて、感情や習慣に流されてしまうことはしょっちゅうあります。
でもだんだんと変わってきています。
常に頭の中には新しい考え方があります。
どんな時でも、全くなくなってしまうことはありません。

たいへんなときでも、頭の隅には残っています。
そしてそこから考えるようにしています。
ともかく、目の前のひとつひとつからです。
by human-space | 2004-11-28 16:11 | policy | Comments(0)
今日は好きな食べ物が次から次へとでてきてうれしかったのですが、最後のほうはおなかがいっぱいになってしまって、逆に気持ち悪くなってしまいました。
ものがあれば必ず幸せになるわけではありませんよね。
これはわかると思います。

何々があれば幸せになれるというのは、必ずしも合っているわけではありません。
ではどうすれば、間違いなく幸せになれるのでしょう。
それはある方程式があります。

何々があるから幸せになれるというのではなくて、幸せな気持ちでいるから、幸せな気持ちになるような現実を引き寄せてくるということです。
まず心の状態があって、そのような現実が現れてくる。
いままでは逆をやっていました。

幸せになろうとするために、ものを手に入れようとがんばってきました。
そうではなくて幸せな状態をイメージしていると、幸せだなあと思えるようなことが起ってくるのです。
幸せな心の状態でいれば、あとは宇宙がそのような状態を創ってくれるのです。

幸せな波動を出していると、集合意識の波動と混ざりあい、そこから現実化してくるのです。
全体の中から幸せなことが創られてくるのです。
周りから自然に起ってきます。

これは楽な方法ですよね。
幸せになろうとジタバタするよりも、スムーズにやれます。
宇宙全体と調整した上で、出てくるのですから。

これにはお金もいらないし、努力することもありません。
自分の好きなように考えてればいいだけです。
やってみる価値はあると思います。
by human-space | 2004-11-27 22:48 | diary | Comments(0)
昨日の夜から左の肩甲骨の裏あたりにけっこうな痛みがありました。
寝返りを打つと痛みで目が覚めます。
久しぶりに肉体を強く意識しました。

最近精神的なことばかり考えていたので、肉体のことも考えなさいよ、という警告なのでしょうか。
肉体、精神、魂が三位一体とならなければスムーズにはいきません。
この物質的世界では、どれかに片寄りすぎてもうまくいきません。

といっても魂から始まることが肝要です。
肉体的なことや精神的なことが中心になってしまうと、一時的にはうまくいっても、そのうち続かなくなってきます。
なぜなら魂の思いを実現するために精神や肉体があるのであって、逆ではないからです。

では魂の思いとは何でしょう。
それは本当の自分自身をこの世界に表すことです。
自分が心からしたいと思っていることを実現することです。

そのために肉体や精神があります。
精神は何になりたいかを選択し(選択の自由がある)、肉体を使って行動することです。
魂を喜ばすために精神や肉体があるのであって、それらだけでやろとすると、無理がきてしまいます。

ともかく本当にやりたいことを実現していく、というのが人生の目的です。
それが今この物質世界にいる理由です。
それを常に意識しながらやっていきます。
by human-space | 2004-11-26 22:14 | diary | Comments(0)
この世界は考えていると、いろいろ問題があるように思われます。
これはきりがありません。
わたしはできるだけ考えないようにしています。

問題があると思っていると、そのような精神エネルギーが働いて、そのような(問題がある)現実が現れてきます。
逆に問題がないと思っていると、そのような(問題のない)現実になってきます。
理屈は単純ですね。

今までは問題があると、それを解決しようといろいろと考えたりしていました。
それでは、問題があるという精神エネルギーをより増幅してしまいます。
解決しようとすればするほど、問題が起こってくることになります。

そこで新しいやり方は、問題を解決しようとしない。
もう一歩踏み込んで、問題と思わない。
問題と思っていないのですから、それを解決しようともしませんよね。

そうして頭の中では、何も問題のない状態になります。
そうなると、そのような(問題のない)現実が現れてくるようになります。

例えば、今まで問題と思っていたことが問題と思わなくなる、何で今までこんなことで悩んでいたのかなあ、といった具合です。
また、問題と思っていたことが、こちらから何もしないのにいつの間にか解決してしまった、ということが起ってきます。
これが本質的な問題解決の方法です。

自分から解決しようとすればするほど、問題があるといっているようなものなので、いつまでたっても次から次へと問題が現れてきます。
これではきりがありません。
根本的に解決するには、問題がないと思うことです。

わたしもあまり考えないことにしています。
時々気になることが浮かんできますが、ああまたこんなことを気にしている、といったん受け止めて、あとは受け流してやります。
そうすると、そのことがいつまでも頭の中に留まらなくなるようになります。

そういうふうにうまく循環していけばしめたものです。
あとは問題と思うことが起らなくなり、平穏に過ごせるようになります。
どうでしょうか、だまされたと思ってひとつやってみてはいかがでしょうか。
by human-space | 2004-11-25 21:56 | policy | Comments(0)
今日は頭が妙に軽いです。
特に車通勤の帰りの間がそうで、軽いというか、頭の中がからっぽという感じです。

落ち着いている、平穏というより、単に頭の中がすっからかんになっているというほうが合っている気がしました。
何でしょうね。
方向としてはいいことだと思いますが、すっきりとしません。

今もちょっと余韻が残っています。
頭の中が空白なので、頭のほうからこの世界にとけ込んでいく、そんな気もちょっぴりしました。
ちょっと考えすぎ!?

それと細かいことですが、今朝起きるとき連休明けなのに、ほとんどつらくありませんでした。
休みはいつも朝寝坊しているので休み明けの朝はいつもつらいのに、今日は楽に起きられました。
それだけです。
by human-space | 2004-11-24 21:44 | diary | Comments(0)
と、内のに言われてしまいました。
休日が続いたのに、のんべんだらりんとしていました。
自覚はしているものの、はっきり言われるとムカっとくるものがあります。

今までだったらこのままだったと思いますが、これからはちょっと考えることにします。
これはどういうことだろう。
引っかかることがあるときは、何か進化するためのとっかかりがあるはずです。

やらなければならないことがあるのにできていないとき、そうとわかるように周りが教えてくれる。
言っている本人からみると思ったことを普通に言っているだけでしょうが、わたしの側から見ると、その注意をわたしにはっきりとわかるようにこのような形で現れてきた、ということになるのでしょうか。
そう思うと冷静でいられます。

この宇宙では完璧なことしか起こり得ないみたいです。
宇宙の法則に反したことは起こりません。
普通に言う悪いことは起こらないのです。

ただそれはかなり高いレベルから見たら完璧だというもので、普通の見方から見ればとてもそうは見えません。
完璧だと見るためには、見方を変える必要があります。
この物質的見地からではなくて、精神的、もっといえば魂的見地からです。

「神との対話」を読んでいると、そこのところが何となくわかってきました。
簡単に言うと、起っているすべてのことは進化するのに必要なことが起っているということです。
そして言っていることは「どんなことでもその出来事のなかに完璧性を見るようにしなさい」、です。

簡単に言っているようですが、そのなかには非常に多くのことが含まれているような気がします。
そして、やさしい。
その言葉のなかに慈悲の心を感じるのはわたしだけでしょうか。

やさしくて、この一言に大きな意味のことがすべて含まれている。
ほんとにこういうことをさらりと言えるのは、すべてがわかっている神だけではないでしょうか。

ともかく、今は周りのことばかり気にして、ほんとうの自分のことができていない、ということみたいです。
気をつけなくては。
今からでも意識してやっていきます。
by human-space | 2004-11-23 22:20 | diary | Comments(0)