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スピリチャル日記3

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より良い人生を送るために、新しい人間、宇宙観を考えていこうというものです

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今年一年を振り返ってみて思うのは、今までいってきたスピリチャルなことが実生活に根付いてきたことです。
これが一番大きいです。
想念観察や今にいるということ、物質主義的考えを修正してくことなど、すべてをいつもいつもとはいきませんが、何かしら意識しながら毎日を過ごすことができました。

それが実ったのか、何かやるときはスピリチャル的見方から普通に考えることができるようになってきました。
何か想念が浮かんできても、これは物質主義的なことだから受け流しておこうとか、だいぶ板についてきたのではないかと思います。
想念上はうまく処理できつつあります。

来年は行動と口に出すことも一致するようにやっていきます。
思っていてもなかなか外には出しにくいこともあります。
一気にとはいかないかもしれませんが、やっていきます。

何もかもという必要はないでしょう。
状況を見ていいようにやっていきます。
といってももちろん後ろには下がらないようにします。

来年どうなるかは考えすぎないようにしますが、新しい展開になることは間違いありません。
頭のなかは、かなり入れ替わっています。
あまり力みすぎず、いい意味の自然体でやっていくつもりです。
by human-space | 2005-12-31 15:54 | diary | Comments(0)
今日はスピリチャルなテレビ番組がふたつもありました。
江原啓之さんの「天国からの手紙」とNHK教育でやっていた柳沢桂子さんの「いのちで読む般若心経」です。
柳沢さんの番組は前に言っていた江原さんの本の2回目を読みながら流し見していたのですが、途中から引きつけられてずっと見てしまいました。

「天国からの手紙」は今までの物質主義的見方で見ていたら、とても涙なくしては見れません。
自分がこういうことになったらと思うと、その気持ちは見ていてよくわかります。
ちょっと叙情的なことを強調しすぎるところはありますが、感動的であることには変わりありません。

それでも今は輪廻転生があると思っているので、割と冷静に見れました。
死んだあとのことも知識としてはもっているので、それ程不思議ではありませんでした。
霊については自分はまだよくわからないところもありますが、たぶんそのとおりだと思います。

ただ江原さんのすごいのはこの霊的現象はスピリチャルなことのとっかかりであるだけだといっていることです。
テレビでははっきりと言っていませんが、この前の本の「江原啓之への質問状」を読んでいるとはっきりと書いています。
霊的現象はスピリチャルな方向へみんなの目を向けるきっかけにすぎないと言っています。

物質主義に傾きすぎている今の世界を変えるためにやっている手段にすぎないということです。
それよりこの世界の本質がわかることが大切だと言っています。
今までテレビに出ていた霊能力者とは明らかに違います。

こういう番組があるというのは、だんだんといい方向に向かっているのかもしれません。
ちょっとずつ世界観が変わってきているのかもしれません。
こういうことが普通に話せるようになれば、世の中全体がよくなっていることだと思います。

それともうひとつの柳沢さんの「いのちで読む般若心経」は、前にも科学者がこの手の本を出していて、私もよく読んでいたので最初はあまり関心がありませんでした。
結局興味本位だけで、たいした結論にはなっていなかったからです。
それが36年も闘病生活をしていたと聞いて、これは本物ではないかと見入ってしまいました。

柳沢さんはその36年の闘病生活の後に、あることがきっかけで悟りに至ったようです。
そのときのことを、飛行機に乗っていて雲の中から青空に出てきたようだったと言っていました。
それから至福の状態でいれているようです。

私はいくら悟れるといっても、36年も闘病生活をする勇気はありません。
柳沢さんはそれほど強い魂なのでしょう。
それとその中でいっていたことで、何点か気になったことがありました。

ひとつは悟りはそんなに遠いところではなくて、目の前にあるということでした。
私も前に悟りは薄い皮の向こうのすぐ手が届くにあると感じたことがありました。
今はその感覚はありませんが、合っていたんだなあと思いました。

それと痛みに耐えていた闘病生活の間、その痛みの度合いをプラス記号の数で書きしるしていました。
体の部署を書いた表に、今日はどこそこがプラス2、別のところはプラス1とかいった具合で書いてありました。
そしてそのことに喜びを感じられるようになったということです。

人間はこんな絶望的な状況にも関わらず、こういう心境になれるということです。
喜びを感じることができるということです。
これは自我を物質主義的な思いを、手放したから感じることができたのでしょう。

これはきのう言ってきたことにつながると思いました。
幸せは外側に求めていたのでは、次から次へときりがありません。
そうではなくて内側の自我、物質主義的な思いををなくしていくことによって、自然と湧き出てくるということだと思いました。

このような状態になると外側に何かを求めなくても、ちょっとしたどんなことでも幸福感を得ることができるようになるということです。
そういえば昨日風呂に入っているときに、近頃は寒い日が続いていたので、こうして熱い風呂に入れるだけで十分幸せだと思えました。
柳沢さんの壮絶な経験と一緒にはできませんが、原理は同じだと思いました。

今日は腰痛が出ておとなしくしていたのですが、これも何がじっとしていろというサインだと思って、悪く考えないようにしました。
今までの物質主義的見方で見ないようにしました。
今日はこうしたやり方が間違いないと思えました。
by human-space | 2005-12-30 22:21 | diary | Comments(0)
という想念が浮かんできました。
それは物質主義を手放したとき、自由になれるというものです。
物質にこだわらなくなっとき、本当の自由になれるというものです。

家の門を閉めに行こうとしていたときに、ふとこんなことが浮かんできました。
もちろん今、ほんとうの自由になっているわけではありません。
でもそのとき感覚として自由の意味が分かりました。

真の自由を現実的に感じました。
これは言葉ではなく、現実の感覚として存在することを確信しました。
これは実在するものであることがわかりました。

自由という言葉はよく使われています。
それは何でも望むとおり好きなようにできるという感じで思われていますが、思ったのとはちょっと違いました。
そのとき思ったのは、どんなことが起こっても気にならない、ということです。

少なくともこの人間界においてはです。
この物質世界でいるときに、どんなことが起こってもいいと思えれば、自由であるということです。
このとき自由を手に入れたということです。

どんなことが起こっても気にならなくなれば、悩みはなくなります。
悩む必要はなくなります。
どんなふうになってもいいのですから。

これは起こってくる想念に対処するだけでいいのです。
物質的にどうこうするわけではありません。
どんな想念が起こってきても気にならなくなればいいだけです。

これならやろうとして、手に入れられそうな気がしました。
これならイメージできます。
この感覚を広げていくことができます。

そしてこの過程こそが、前から言っているこの物質世界に生まれてきている理由なのではないかと思います。
ちょっとずつ物質から自由になっていく過程を体験することが、今ここにいる理由だと思います。
そして最後に完全に自由になれたと感じたとき、この物質世界にいなくなるのでしょう。

次のステップに進んでいくのでしょう。
ゴールが見えてきました。
実感として感じました。

悟りだなんだといつも言っていますが、今思うとまるで実感がありませんでした。
遥か彼方のものと思っていました。
それが今回、ナビでゴールとそのルートを見た気がしました。

実感としてそれはあるものだ、と思えました。
それは現実にやるべきことをやっていれば、手に入れることができるものだと思いました。
今日そんなことを思いました。

それで結論はいつも同じところに行き着きます。
今が大切です。
その過程を体験するために、今ここにいるということです。
by human-space | 2005-12-29 22:31 | diary | Comments(0)
今日はいつもならイライラすることがあったのに、それほどではありませんでした。
それは我慢できるようになったからではありません。
同じことがあっても、前のように思わなくなったからです。

もちろん全く思わなくなったわけではありませんが、コントロールが利くようになりました。
意識的にイライラしないようにもっていくことができました。
おかげでいつまでも気になるということがなく、すっきりとしていることができます。

外側のものに左右されることがなく、自分の思ったような状態でいれます。
それが気にならないので、だらだらと尾を引きません。
これはなかなかいいです。

実際の生活で役に立ちます。
今まで想念観察をやってきた賜物でしょうか。
そんなにすっきりとしているわけではありませんが、明らかな変化です。
by human-space | 2005-12-28 21:33 | diary | Comments(0)
体調は明らかに良くなってきているのですが、ひとつ気になることがあります。
前にも書いたことがあるのですが、夜中に目が覚めるのです。
寝付きはいいのですが、なぜかすぐ目が覚めてしまいます。

そのあとしばらく眠れません。
何かイライラして、胃もキリキリしたりします。
しばらく悶々として、辛抱できずトイレに行ったり水を飲んだりして気を紛らすと、またいつの間にか眠れます。

いつも6時過ぎには起きなければいけないので、さすがに朝がつらいです。
一時期肩をポキポキいわせていると、こりが取れたのかよく寝られた時期がありました。
それが最近またよく目が覚めるようになってしまいました。

原因はよくわかりませんが、肩こりから来ているのではないかと思っています。
こっていて、それでイライラしているのではないかと思います。
近頃大分よくなっていますが、前からずっと溜め込んでいたのでしょう。

なかなかすぐには直りませが、冷静によくなることを選択しているので、そのうち変わるでしょう。
焦らずやっていきます。
これは何か必要なことだと思って、悪く考えないようにします。
by human-space | 2005-12-27 21:12 | diary | Comments(0)
全体的によくなっている気がします。
休暇明けはなかなか調子が出ないのですが、普通にやれています。
いきなりいつもどおりにやれます。

どこがどうとはいえないのですが、普通に思ったことが普通にできる、そんな感じです。
マイナスなことが小さくなりました。
起こってくる数は同じでもエネルギーが小さくなった感じです。

それでやりやすかったのだと思います。
今振り返ってみてもあまり書くことを思い出せません。
いい意味で何もなかったということでしょう。
by human-space | 2005-12-26 22:39 | diary | Comments(0)
といってもお気楽具合はぜんぜん変わっていません。
ほんとにただ目を閉じているだけです。
あと想念の浮かぶまま、適当にしています。

ときどき外側のことをシャットアウトしたくなります。
ただじっととしていたくなります。
そんなときこれをやります。

そんなに深く入っている感じはありません。
雑念もいろいろ浮かんできて、いつの間にかそれに気がいっていたり、寝てしまっていることもあります。
それ程うまくいっているという感じはありません。

それでも終わってみると、エネルギーが溜まっているがしています。
元気が出てきた気がします。
よくはわからないのですが、うまくいっているのでしょう。

最近仕事が忙しくて、ちょっとご無沙汰になっていたので、この休暇で久しぶりにやってみました。
まずまずいいみたいです。
しばらくはこれでいきます。
by human-space | 2005-12-25 23:01 | diary | Comments(0)
今日はクリスマスです。
我が家も普通に飾り付けをして、普通にそれらしく過ごしました。
それ風の料理で、ケーキがあって、ちょっとしたプレゼント交換をしてと、クリスマスとして特別びっくりするようなことはありません。

食事の間もテレビを見たり、子供は贈られた漫画を見ていたり、どうということはありません。
私はちょっと食べ過ぎて、気分が少し悪かったりしました。
何事もなくすぎていった感じです。

その時は何も思わなかったのですが、後で風呂に入っているとき、ああもうこれ以上望むべきことはない、という思いが浮かんできました。
これは満足感にあふれているというのでもありませんし、幸せな気持ちともちょっと違います。
家族が平穏に過ごすことができた、それで十分だと思いました。

近頃こういう普通のことに感謝できるようになってきました。
普通にできていることがありがたいと思えるようになってきました。
激変しているというわけではありませんが、ちょっとずつこういう想念が浮かんできています。

前は遠いところばかり見ていました。
やっと目の前のことが見れるようになってきました。
ちょっとずつ軌道修正ができているようです。
by human-space | 2005-12-24 22:10 | diary | Comments(0)
近頃は精神的に安定しています。
といってももちろんずっと平穏であるというわけではありません。
上がったり下がったりしながらも、だいたいは中立の位置にいれているということです。

いつものように怒りの感情やイライラ、不安や批判はしょっちゅう浮かんできますが、それが長引くことなく、割と早くニュートラルポジィションに戻れています。
怒りが起こってもそれ程続かないので、気持ちを切り替えられます。
不安も起こってはくるけれども、すーっと抜けていきます。

また長引きそうになると、意識的に気分を切り替えていきます。
イライラしているときは、ただ目をつむっているでけで、ちょっとした瞑想になります。
そのあとは落ち着いてきて、エネルギーが溜まってきた気がします。

全体から見れば、まだまだそんなにすっきりとしているわけではありません。
相変わらずのところはもちろんありますが、確かにこのようには変わってきています。
こんな感じでいれると、一日楽にいれます。

それ程疲れにくくなりました。
いままでいってきたことが、実生活で実際に役に立っています。
こういったことこそ求めていたものです。
by human-space | 2005-12-23 21:48 | diary | Comments(0)
昨日買った「江原啓之への質問状」(徳間書店)を読み終えました。
ほんとにすごいです。
あれだけきびしく物質的に切り込まれても、一糸乱れずに答えていました。

本当にスピリチャル的なことがわかっているのでしょう。
そしてもっとすばらしいのは、物質的なことと精神的なことのバランスが取れていることです。
実際にきびしい経験をされてきたのではないかと思います。

それでこのようにバランスの取れた回答ができるのだと思います。
それにしてもありとあらゆることにきちんと回答できるのは、本質的にわかっておられるということです。
それでいろいろなことに対応できるのだと思います。

最後のスピリチャリズムを実践すると「本当に」幸せになれるのか!?というところで、
「怖いものがなくなるということが、一番の幸せなんですよ。」
と答えておられますが、私もそのとおりだ、と思いました。

今までいろいろとやってきたなかで、瞑想をして霊的な気持ちになったり、普通の日常のことで幸せな気分になったりすることはありました。
それはそれでもちろんいいのですが、ずっと続くものではありません。
上がったり下がったりするので、気持ちは揺らいでしまいます。

それより確実で確かなのは、江原さんが言うように、怖いものがなくなるということです。
もっと正確にいうと、怖いという想念や不安が和らぐということです。
スピリチャルなことをやっていると、現実ににいろいろなことに対して怖くなくなってくるということです。

これは物質主義的見方をしている限りは、なくなることはありません。
お金がいくらあってもそれは解決できません。
物質主義から抜け出るしかありません。

スピリチャルなことをすることで、いろいろなことを得ることができますが、怖いものがなくなるということは、わかりやすく現実的な効用だと思います。
怖いもがなくなると、心が安らぎます。
そして平和な気持ちになれます。

そうすれば、いろいろな想念や感情を余裕を持って感じられるようになります。
そして実際の生活が積極的なれます。
現実的に物質的に豊かになれます。

この本は山に籠っていたのでは書けません。
物質的な経験を積んで来たからこそ、これほどまでに現実的なことに的確に答えられるのだと思います。
精神的なことと物質的なことの対比がわかりやすく、ほんとによくできていると思います。
by human-space | 2005-12-22 10:42 | diary | Comments(0)