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スピリチャル日記3

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より良い人生を送るために、新しい人間、宇宙観を考えていこうというものです

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電車の中の瞑想で、それができた気がしました。
ヒーリングは過去の再解釈、ということで自分の過去を思い出して、あの時はあれでよかったんだと、思い出していました。
そうしてだんだんと昔にさかのぼっていっていたら、赤ちゃんを通り越して、前世まで行った気がしました。

といってもはっきりしたものではありません。
過去生が見えたということもありません。
ただの気持ちの問題で、そんな感じがしただけです。

それでぼんやりと、これでよかったんだと思っただけです。
ヒ−リングというほどのものではないかもしれません。
ただそういうことを感じたので忘れないように書いておきます。
by human-space | 2006-08-31 22:56 | diary | Comments(0)
細かいことはもちろんあるのですが、総じて平穏な一日でした。
最近はだいたいこんな感じです。
有り難いことです。

世の中大変なことがいっぱいある中で、ありがたいことです。
ともかく感謝するようにしています。
そしてこのことが、自分にとってベストに状態であると思うようにしています。

どういうわけかはわかりませんが、今の状態が自分にとって必要なことが起こっているんだと思うようにしています。
もっと派手なことを考えないでもありませんが、あせらないようにしています。
地に足をつけて、目の前に起こってくることをひとつひとつ、やっていくということです。

実際はここにいっているほどちゃんとしているわけではありませんが、基本的にはこんな感じです。
今日もちょっとバタバタしましたが、何とか調整できました。
あまり考えすぎず、やっていきます。
by human-space | 2006-08-30 22:51 | diary | Comments(0)
朝の通勤電車に乗っている間30分くらいは、いつも内面のことをいろいろ考えています。
ちょっとした瞑想時間です。
いつも立っているのですが、自分ではけっこう気に入っている時間です。

今日もいろいろ考えていたのですが、ぐるぐる考えがめぐるだけでした。
そんなときふと、神様だったらいちいち悩まずに、起こってくる現実を楽しむだけだ、という考えが浮かんできました。
そしてもやもやしていた気分がすっとしました。

ああこれでいいんだ、何も考えすぎることはないんだと思いました。
ちょっとわかったような気がして、気分よく駅に降りたのですが、仕事が始まってみるとそんなことは忘れてしまって、いつもどおりの一日になりました。
ぱっぱとは変われませんが、こうしているとちょっとずつでも変わっていって、そのうちいちいち考えなくていつの間にか自然にできるようになると思っています。

ともかく一日確実に30分くらいは意識が内側に向くので、これはいいことだと思います。
それも毎日確実にやれます。
だいたいは雑念が多いですが、たまに今日のように思わぬことが浮かんできます。
by human-space | 2006-08-29 23:07 | diary | Comments(0)
こんなことが言えるだろうか。
これは「アセンションの時代」に書かれていることですが、ちょっと本を読んでわかったような気になっているだけではとても思いもつきません。
やはりかなり高い視点から見えているのでしょう。

癒しというものは、過去に起こった出来事によってできたストレスを解放することです。
ここまでは誰でもわかります。
そのストレスを解放するために、その出来事を再解釈することによって、間違っていると思っていたことを、それでいいと思い直すというものです。

こうやって聞くと、ああそうかと思え、確かに間違っていたものがそうではなかったとわかると、気が楽になってストレスが解放されるというのはわかります。
ただ最初にこういうことが言えるのは、ふつうの人間ではないですね。
その人は私たちとは全く別の視点から、この世界のことが見ているのでしょう。

それによると過去は再解釈できるということです。
過去に起こったことはもう終わったことで、どうしようもないと思われていますが、変化させることができるようです。
このことは勇気がわきます。

確かに自分のなかは変えることができます。
過去を自分のなかで清算できるということです。
すべての出来事は自分が成長するために起こったことだ、と思うことでプラスにもっていくことができます。

単純にはそれでいいと思います。
どんなことも無駄なことはひとつもありません。
自分にとっては、今までのすべての経験が必要だったのです。
by human-space | 2006-08-28 22:51 | diary | Comments(0)
言い古された言葉ですが、やっと本当に意味が分かりました。
悟りに至るには、自分がやるしかありません。
そして人間なら誰でも悟りに至れます。

そういった意味で、人間は間違いなく平等です。
誰の助けを受けることもできません。
先生といわれる人ももちろん、お釈迦様でもその人を悟りに至らせることはできません。
できるのは手助けをすることだけです。

援助はできます。
でもいくら周りのものが一生懸命やっても、本人がやらなければできません。
本人がわかるしかないのです。

周りのものがいくら上手に説明しても、本人がわかったと思わなければ悟りに至れません。
悟りは本人の中にしかないのです。
本人が納得するしかないのです。

それはいくらお金があっても、できるというものではありません。
いくら勉強ができても、できるというものではありません。
もちろん偉いから、できるというものでもありません。

お金、能力、地位などは全く関係がありません。
そういった意味で平等です。
自分がわかるしかないのです。

これはスピリチャルな知識よりも、内面のほうが大事です。
知識はなくとも、現実の生活でスピリチャルにできている人はいます。
それはそれで、すばらしいです。

どちらかといえば、そのほうがいいのかもしれません。
現実の生活を上手に生きるためにスピリチャルな知識はあるのですから、それが自然にできていればいうことはありません。
個人的には悟り悟りと、意識しすぎないほうがいいのではないかと思っています。

悟りは確かに最終形ではあるのですが、この人生においてはそこまでやるつもりで生まれてきていない人もいると思います。
そういった人は悟る必要もなく、予定の人生を生きればいいことになります。
誰もがみんな、プロ野球選手になるわけではありません。

またこういった能力というのは、不平等だと思いますが、それは個人の視点から見ればです。
神の宇宙全体の視点から見ると、バラエティがあるということで、全体としてはうまくいっているということです。
それらも選んで生まれてきているということみたいですので、本当は文句は言えないのでしょう。

きょうふとこの平等という意味が理解できました。
今までわかっているつもりでも、ほんとうはわかっていませんでした。
やっとやるべきことが、はっきりとしてきました。
by human-space | 2006-08-27 10:53 | diary | Comments(0)
それにしてもテニスはどうしてあんなに緊張するのかなあ。
まだ捨てなければいけないものを、いっぱい持っているのでしょう。
一種の恐怖心との戦いです。

その恐怖心に押し込まれたときは、散々な結果になります。
何とか押しのけて、ボールに集中できたときは、納得のいく結果になります。
おとといは体調も悪く、押し込まれてしまいました。

それで散々でした。
けっこうつらい思いをしました。
きのう言ったように、それはそれで得るものがあって、悪いことではありません。

といっても当たり前ですがしないで済むなら、そういった思いをしないほうがいいです。
今日は何とか頑張りました。
いろいろなことが頭に浮かんできましたが、何とか追い払って、ボールに集中できました。

たいしたことはありませんが、自分なりにはまあまあできたと思います。
こういったように、追い込まれたときは頑張るしかないですね。
ほんとは勝っても負けてもどちらでもいいと思えるようなって、平常心でやれるようになれるようにならなければと思います。

日常にちょっとしたことですが、こういったことからやっていかなければ。
こういったことこそスピリチャルです。
これができななければ、今までやってきた意味がありません。
by human-space | 2006-08-26 22:18 | diary | Comments(0)
こう思ってやっています。
昨日もいやな思いをいましたが、これは自分のなかの何が問題なんだろうと問いかけました。
答えははっきりとはわかりませんでしたが、少なくともこのことが悪いことではなかったと思うことができました。

といっても、ぱっと気持ちを切り替えられたわけではなく、あーだこーだと思いながらも何とかいいように考えることができている程度です。
こうなると、この世の中で起こることは悪いことはなくなります。
だってどんなことも自分にとって役に立つことしか起こらないということになるのですから。

いいことがあればうれしいですし、いうことはありません。
やはりここは神の国ということになるということです。
そう思えないのは、この世界に問題があるのではなくて、自我のほうに問題があるということです。

理屈はこれであっていると思います。
これで間違いないと思っています。
ただ現実そう簡単に思えません。

どうしてもこの現実が厳しいと思ってしまいます。
よほど思い込みが強のでしょう。
でもいずれにしても、ここを抜けなければ本当の平和は訪れません。

ともかくちょっとずつでもやるしかありません。
この毎日毎日を変えていくしかありません。
この現実を変えていかなければいけないのです。

答えは本の中にあるのではありません。
この目の前の現実が答えです。
やるしかありません。
by human-space | 2006-08-25 21:13 | diary | Comments(0)
私はしてしまいました。
おかげで、気分は最低です。
そんなに言うつもりはなかったのですが、気がついたら言っていました。

身内の不幸があって、昨日今日とお通夜に葬式、初七日と最後はけっこう疲れていました。
最初頃はまずまずよかったのですが、さすがに後半のほうになると、精神的に参ってきて、昔よくなった被害者意識が起こってきました。
あと少しだったので何とかいけたのですが、あと時間ができたので体を動かそうとテニスにいきました。

これが間違いの元でした。
こういう精神状態のときは、テニスをやってもぼろぼろです。
おまけに言い訳をしてしまい、いやな気分になってしまいました。

自分がこの現実をつくっているのですから、誰にもいい訳などしなくていいのですね。
わかっているつもりでも、疲れてきてつい言ってしまいました。
やはり現実的にちゃんと考えて行動ななければダメです。

単純な精神論を振りかざして、イケイケではうまくいきません。
現実と心を見つめながら、考えて行動しなければいけません。
同じことを何回も繰り返してしまいます。

最近はだいぶんよくなっていましたが、久しぶりに出てしまいました。
疲れていたとはいえ、やはり最後は自分に降り掛かってくるので注意します。
やはり楽しく生きたいですね。
by human-space | 2006-08-24 23:08 | diary | Comments(0)
仕事に私生活に気になることがあるのですが、意識してうまくいくと思うようにしています。
うまくいくと思えると、一瞬気がすっとして楽になります。
ほんとにうまくいく気がします。

多分実際うまくいくでしょう。
そう意識できると、現実もうまくいくはずです。
今はそう思っています。

少なくとも精神的に楽になるので、実際効果があります。
これだけでも十分やるだけのことはあります。
気がすっとすると、精神的にはほんとにうまくいくと思えます。

困ったときほど効きます。
スピリチャルと考えることもありません。
生活の知恵です。
by human-space | 2006-08-22 21:31 | diary | Comments(0)
昨日今日と思わぬことがありました。
起こったことをどうこういういって、意識を外側のものに向けるのではなくて、どうしてこういったことが起こったのだろうと、意識を内側に向けます。
これはいい傾向のようです。

津留さんの本でも「アセンションの時代」でもこういったことが書いてあります。
これが自然とできるようになってきました。
やっと本の知識と現実があってきています。

こう思えると、外側に何が起こっても関係ないことになります。
一喜一憂しなくなります。
起こってくることがあまり気にならなくなります。

もちろん全然気にならないということはありません。
それでも一時に比べればあまりあわてなくなりました。
起こってくることが悪いことではないと思っているからです。

どうして起こるのかはすぐにはわからないこともありますが、いずれわかるようになるでしょう。
とりあえずは、まず問いかけるというのが大事です。
ともかくこれはいい方向には向かっているようです。
by human-space | 2006-08-21 21:47 | diary | Comments(0)