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スピリチャル日記3

humanspace.exblog.jp

より良い人生を送るために、新しい人間、宇宙観を考えていこうというものです

そんな気持ちで毎日過ごしています。
先のことは考えない。
ともかく今です。

今は理想ではないかもしれませんが、考えません。
理想は理想で心のなかにしまっておきますが、固執はしません。
どちらでもいいです。

そのどちらでもいいで、心をフラットにしておきます。
意識が別の方向に向いていないので、自分の思ったことに向けやすくなります。
やりたいことをやれるようになります。

どうしても今の生活が自分の思っているのと違うように感じられて、なおざりになってしまいがちになります。
もう少し我慢していれば理想の生活がやってくる、そんなふうに考えてしまいます。
そうではなくて、ともかく今です。

今が人生で最高な時だと思って、楽しむようにします。
これを続けます。
毎日がスペシャルです。
# by human-space | 2005-03-17 22:36 | diary | Comments(0)
きょうも特に変わったことはありませんでした。
もちろん、ちょこちょこしたことはちょっちゅうありますが、総じて何もない一日でした。

いつもの通勤の車のなかで、またちょっと浮かんだことがあります。
これはほんのかすかで、思い違いといわれてもしょうがないくらいのものです。
これは運命に関してです。

かなり先のほうまでやることは決まっている、とかすかに感じました。
ただそう感じただけで、具体的にどうなるかは全然浮かびません。
特に何もしないでも、それになっていくと思いました。

自分から何をしようかとか、どうしたらうまくいくのかとか考えなくても、自然にやりたいようにしていれば、それになっていくようになっているという感じです。
先のことなど考えずに、今のことだけをしていればいいと思いました。
ただ今だけをみていればいいという感じです。

これはいつもの「どちらでもいい」をやれば、この瞬間に自由な気持ちになれます。
ああどっちでもいいんや、と思えれば、頭のなかが空っぽになれます。
そしたら縛られるものがなくなるので、自然とこの瞬間にいれるようになれます。

「先のことは決まっている」+「どちらでもいい」=「今にいる」
こんな感じです。
とりあえずこれを続けていきます。
# by human-space | 2005-03-16 22:23 | diary | Comments(0)
昨日、一昨日とがんばっていたわりには、何となくの一日でした。
ちょっとジタバタしましたが、まあ許せる範囲でした。
特にこれといったことはなかったのですが、前からちょっと感じていることがあります。

こころの表面は相変わらず落ち着きがないのですが、奥のほうに妙な?安心感があるのです。
何といっていいかわかりませんが、もうこれから変なことは起ることはないとか思えるようなのです。
そこからくるのか、4月から転勤で場所も仕事も変わるのに、何とかなるだろうと割と楽観的に思えます。

表面的にはときどきその心配事が起ってくるのですが、それほど気になりません。
不安が浮かんできても、すぐ頭を切り替えられます。
この安心感があるからだと思います。

といってもはっきりとしたものではなくて、こうやって意識的に考えてみると、そんなのがあるなあ、という感じです。
普段はほとんど意識していなくて、いつもと変わったところはありません。
今回書くことがないなあと思っていると、ふとこんなことが思い浮かびました。
# by human-space | 2005-03-15 22:37 | diary | Comments(0)
昼休みにiPodでいつもの音楽を聴いていたら、久しぶりにレッドツェッペリンのSTAIRWAY TO HEAVENがかかりました。
(シャッフルにしていて今度が1年で2回目!)
懐かしながりながら聞いていたのですが、そういえばあのころは夢があったなあ、と思いました。

70年代当時はロックで社会を変えることができるんだ、と本気で思っていました。
この堅苦しい社会を変えられるんだと思っていました。
もちろん絶対にというのではなくて、何となくこういう考えが根底にあって、ロックを聴いていました。

ほんと懐かしいです。
当時はそんな人がけっこういたのではないでしょうか。
残念ながら今はただ音楽を聴いているだけです。
(まあ、それでも楽しいんではいますが)


それとMacを使い始めて、10年近くなります。
その当時、パソコンには無限の可能性があると思ったものです。
ほんとワクワクしていました。

次から次へと新製品が出てきて、雑誌を見ては感心していました。
(もちろんなかなか新製品は買えませんでした)
次はどういうことができるようになるんだろう、と期待させられました。

今ももちろん使っていますが(ちょうちん型のiMac)、当時のようなことはありません。
それでもWindowsよりは魅力的です。
たまにはドキドキさせられます。

今は夢から覚めてしまったような感じです。
日常の怠惰な生活に埋もれてしまっていました。
それがまたちょっとザワザワしてきました。

このブログで書いてきていますが、人間の可能性についてです。
何かすごいことになるのではないかと思えるのです。
今そのとっかかりのところにいます。

今まではとてもそんなになるとは思えませんでした。
本とかで読んでいて興味はずっとありましたが、あまり現実的ではありませんでした。
頭のなかの理想の世界の話でした。

でも今は違います。
これは現実のことと思えるようになってきました。
この現実の話だと思えます。

この世界は確実なものと思っていますが、ちょっと考えてみればあやしいことは多いのです。
わからないことがいっぱいあります。
今まで思っていた世界と違う可能性は十分あります。

そこに踏み込んできています。
ロックやMacをやっていたころに、ちょっと似ているような気がします。
新たな可能性を感じます。

ただ今度は夢で終わらせません。
行き切ります。
自分が思ったところに行くまで。
# by human-space | 2005-03-14 23:28 | diary | Comments(0)
きょう朝寝坊をして、うとうとしているときにふと思い浮かびました。
「どちらでもいい」で自由になることができる。

どういうことかというと、どちらでもいいのですから、それでなければいけないということはない、ということになります。
それに縛られないということです。
そのふたつのものに対しては、どちらからも自由になれます。

これをすべてのことに当てはめることができれば、完全な自由になることができます。
という単純な理屈です。
私はこれは大発見だ、と思ってしまいました。(^^;

これは理屈だけでなくて、実感としても感じています。
最近何かあればずっと使ってきました。
実際役に立ちます。

どちらにしたらいいか迷っていたり、こんなことをやってしまってどうしようなどと思ったとき、そうだ、どちらでもいいだ、と思えると心が晴れてきて、すっきりした気分になれます。
そしてそのことが気にならなくなります。
それからふとその解決法が浮かんできたり、そのまま何もしなくても、何も起らずにすんだりしています。

日常生活に役に立つので、それだけでも十分なのですが、どうもこれはもっと大きな意味をもっているようなのです。
どちらでもいいはその場限りではなく、突き詰めていけば自由になっていくと思えました。
とりあえずは目の前の困ったことに使っていますが、行き着く先は自由ということになります。

何ものにも縛られないということは自由である、ということで間違いないはずです。
これはただ頭のなかだけのやりくりではありません。
これこそが本当の自由を手に入れるということではないでしょうか。

物質的なもので完全に自由になることはできません。
これは間違いありません。
お金があれば自由になれると思われますが、ちょっと考えてみればそうではないことはすぐわかります。

お金はいらないといっているわけではありません。
お金があることに越したことはありません。
私もお金は欲しいです。(^^;

ただ完全な自由をえるには別の方法が必要です。
いろいろな方法があると思いますが、私がいま思っているのは、この「どちらでもいい」が簡単で、何でも使えてとても便利です。

今日のようにゆったりしているときに、ちょっと考えてみると、これはずごいことではないかと思われます。
現在の環境も100%満足しているわけではありませんが、どちらでもいいんだ、と思えると直さなければいけないということがなくなって、このままでもいいんだ、という気になります。
もちろん自分の思うように変わってもいいけれども、このままでもいい、という感じです。

もっといえば、どちらでもいいので、どうしてもしなければいけないこともない、ということになります。
いまこの瞬間に、しなければいけないことはない、ということになります。
するのは、ただ自分がしたいからするだけ、ということです。

これってひょっとしたら、悟りってこと?! 
いつのまにかここに行き着いてしまいました。
少なくとも理論上はです。

もちろん現実の生活では、まだまだすっきりといっているわけではありません。
ただ方向は間違いありません。
これを続けていけばいいです。

これで先が見えてきました。
遠いあこがれの存在から、現実的なところまでおりてきている感じです。
前にもいっていましたが、マラソンでいう先頭集団の後ろ姿が見えてきた感じです。

今までははるか先をいっていて、影も形もわかりませんでした。
あとはただそれを目指した走るだけです。
ゴールはあそこにあります。
# by human-space | 2005-03-13 14:24 | policy | Comments(0)
きょうは朝9時半頃まで寝て、睡眠時間を充分とったのにイライラしています。
ちょっと言われると、すぐムカムカしてしまいます。
そろそろ花粉の症状が出てきて、神経を刺激しているのでしょうか。

こういうときはどうしたらいいのでしょう。
とりあえず、これも自分にとって必要なことが起こっているんだと、納得させています。
そしたらムカムカするのを外に向けずに、何とか無難に過ごせます。

それといつものお気楽瞑想をしたら、ちょっと落ち着きました。
椅子の座って目をつむって、じっとしているだけです。
全然テクニックは使いません。

想念も浮かぶままにしています。
気になれば体も動かしますし、自由にしています。
それでも終わってみれば、少しは気が落ち着いてきているようです。

イライラ、ムカムカしているのは、自分の一部であって、すべてではないと思えるようになりました。
そう思えると、すこし冷静になれました。
これだけでもよかったです。
# by human-space | 2005-03-12 15:59 | diary | Comments(0)
きょうは仕事でジタバタしそうになるのをこらえられました。
いつもだったらバタバタして何をしているのやら、というようになるところでした。

きょうはやななければと思うことがあって、動こうとしたら電話が掛かってきました。
これで動けなくなって、その間にそうだジタバタするのは格好わるいぞ、と思いが浮かんできました。
それで動かなかったたら、結局何も起りませんでした。

そして夕方には、その件は問題でなくなっていました。
あのとき動いていたら、その問題に巻き込まれて、バタバタしていたかもしれません。
面倒なことになっていたかもしれません。

あのとき、ここでバタバタするのは格好わるいぞというのが、行動の基準になりました。
恰好わるいことはしないようにする、ということが実践できました。
細かいことですが、やれたーという気になれました。
これからも目の前のことを、ひとつひとつやっていきます。
# by human-space | 2005-03-11 22:42 | diary | Comments(0)
自分の内側レベルで、ちょっと恰好いいことができました。
といってもかなり個人的なことで、とても詳しく書けるようなものではありません。
けっこう情けないことで迷っていたのですが、いつもの「どちらでもいい」をやっていると、ふと迷案?が浮かんできて、それをやってみました。

自分としてはあたふたしないで、まあまあやれたのではないかと思います。
自分の中では安易な妥協をしないようにしました。
ちょっと満足。
# by human-space | 2005-03-11 00:49 | diary | Comments(0)
きょうの通勤の車のなかで思ったことです。
いまここの自分がベストの状態でいるということです。
それは自我が今どのように思っていてもです。

いまここです。
何年か先の頭のなかにある理想の自分ではありません。
いまここにいる自分です。

いまここがベストだといっても、そのままずっといいなければいけないというのはありません。
別のベストの状態に変わっていくだけです。

難しく考える必要はありません。
単純なことです。
ずっとベストの状態なのですから。

つまりベストの状態しかなりえないのです。
ここに存在しているということ自体がたいへんなことなのです。
存在していないということは、無なのです。

中途半端はないのです。
存在しているか、無かしかないのです。
存在しているというのは、たいへんなことなのです。

あるのとないのでは全然違います。
ですから在るというのは偶然ではなく必然なのです。
何か理由があって、いまここにいるのです。

その理由がわからないため、ベストだと思えないだけです。
こころの奥底がわかれば、その理由がわかるでしょう。
それがわかれば、この世界は完全に機能していることがわかります。

いまここは完全な状態ということになります。
いまここの私は完全に機能しています。
何も直すところはありません。

いま完全に働いている機能を生かして、やっていけばいいのです。
今までもそうでした。
何も反省するところはありません。

何も心配することもありません。
機能はつねに完全であるので、失敗はありません。
機能しないというのはありません。

機能しない、イコール、この世界の崩壊ということになります。
この世界が在ることが完全である証拠です。
いま個々にいる事自体が、完全なのです。

長くなってしまいましたが、いまここの私は完全に力を発揮できる状態だといことです。
どこかを直さなければいけないというのはありません。

ですから何も考える必要もなく、したいことができる状態なのです。
いまここから、やっていきます。
いまここです。

PS
眠くなって頭のなかで焦点がうまく結ばなくなってきました。
書いているうちに、ちょっと最初思っていたのと違う方向にいってしまいました。
また眠くないときに書いてみます。
# by human-space | 2005-03-09 23:01 | diary | Comments(0)
きょうはISDNからアナログ回線への工事があって、その空いた時間で軽く瞑想しました。
そのせいか安定していて、恰好いいことこそありませんでしたが、格好わるいこともありませんでした。
きょうはまずまずかなあと思っていた矢先、ちょっと油断してしまい、いらん気を使ってしまいました。

そしたらちょっとしたトラブルが。
あーあ、何で自分でやろうとしてしまうのかなあ、自分がしなくてもいいのに。
やはり癖になっているものは、意識してやらないと直りませんね。
慣れてくると無意識でできるのでしょうが、それまでは意識しておく必要がありそうです。

明日からまたやります。
恰好よく。
# by human-space | 2005-03-08 22:11 | diary | Comments(0)