ブログトップ | ログイン

スピリチャル日記3

humanspace.exblog.jp

より良い人生を送るために、新しい人間、宇宙観を考えていこうというものです

また津留さんのメッセージ集「記憶」からです。
人の行動のほとんどは過去の記憶の反応からきています。
それは古い今までの考え方に基づいています。

考えてやっているようで、実際はただの反応が多いです。
それはただのくり返しで、進歩はありません。
これは意識してやらなければ直りません。

これからは新しい考え方から行動しようというものです。
そのために自分の反応や行動をよく見て、過去の記憶から来るただの反応か見極めます。
それがただの反応だったら、受け流します。

それに取り込まれないようにします。
そのあと意識的に新しい考え方から行動していくようにします。
意識してやってるようでも、いつの間にか古い反応で行動しています。

油断しないように。
そしてすべての瞬間に気をつけます。
例外はありません。
# by human-space | 2004-12-19 21:13 | diary | Comments(0)
貧乏性なんでしょうか、何かやっているとやったような気がします。
何もしていないと、無駄にしたと思ってしまいます。
これは自我の性分なんでしょう。

常にジタバタしようとします。
悪いわけではありませんが、あまり行き過ぎないようにしなければいけません。
実は何もしなくてもいいようなのです。

何もしなくてもいつも満足な状態にいる、これがほんとうの状態です。
常に満足でいるから、しなければいけないことはありません。
常に満足でいるから、何かできなくでも問題ありません。

これこそが自由です。
しなければいけないことがないので、何かするときは自分のしたいことです。
そしてもしそれができなくても、満足な状態でいるので問題ありません。

ですからそれができなければどうしよう、などという不安もありません。
不安や恐れがなければ、こころが軽くなります。
こういう状態なら、自由に動けるなあ、という気がします。

現代人には何もしない勇気が必要かもしれませんね。
そして意識が外側ばかりに向いているので、内側に向ける時間をつくる。
ようはバランスですね。
# by human-space | 2004-12-18 22:39 | diary | Comments(0)
昨日の津留さんのHPのメッセージ集の中のタイトルです。
今日はここで一時間くらいかかってしまいました。
最初ころはスムーズに読み進んでいましたが、ここは今までやったいろいろなことが凝縮されていて何回も読み返しました。

題だけからはとても想像できない内容です。
愛をほんとうに語るためにはここまでわかっていないと、世間でよくあるようなややこしい話になります。
私はちょっと苦手なんですが、こういう広い意味での愛であれば、私でもはずかしがらずに言えそうです。

中身についてはHPを見てもらえればと思います。
ここまで凝縮されているので、これ以上簡単にはいえません。
ともかくまさしくわたしの目指しているものです。
# by human-space | 2004-12-17 21:23 | diary | Comments(0)
前によく勉強させてもらった津留晃一さんのホームページを見つけました。
津留さんはもう亡くなられているのですが、お姉さんが引き継がれていらっしゃるようです。
久しぶりに読ませていただいたのですが、やはりすごいです。

一年前、1時間くらいかかる車通勤の中で、行きは想念観察し、帰りは講演テープを聞くというのを半年以上続けていました。
論理的な津留さんの考えがわたしにはとてもあっていました。
わたしはまず考えないと、なかなか先にいけないのです。

人間はすべて神です、信じなさいと言われても、すぐには信じられません。
津留さんのいってることを聞いて、ほんとにそうもしれないと心から思えるようになりました。
前々からこういう方向を目指していたのですが、特に津留さんのを聞いてからから本気になりました。

あとしばらく、その考えを実生活で試していたのですが、これも久しぶりに読んだ「神との対話」で確信しました。
どちらも同じことを言っています。
もちろん表現は違いますが、内容はまったく同じです。

自分の行く方向が正しいと思えました。
もうあとには引けません。
前の考えには戻れません。

これを日々やっていくだけです。
自分の中で消化していきます。
自分の中でどれだけ使えるかです。
# by human-space | 2004-12-16 23:04 | diary | Comments(0)
今日は特に思い当たることはありませんでした。
昨日の感情や想念は自分ではないを意識してやりました。
これは客観的でいやすいです。

一歩下がって自分の想念をみていられます。
自分のことですが、ちょっと人ごとみたいにみれます。
まだまだですが、この調子です。

そういえば昨日テレビを見ていて、久しぶりに感動の感情を味わいました。
ちょっとの間でしたが、じぃーんときました。
やはり感情が人間にあってよかったと思いました。

こういった感情も、いつまでも他の感情に引きずられていたら味わえなかったかもしれません。
ひとつの感情を体験したら、ニュートラルにもどって、また新しい感情を体験する。
この感情を体験するために、人間に生まれてきたかもしれませんね。
# by human-space | 2004-12-15 22:16 | diary | Comments(0)
よく考えてみれば当たり前のことですが、なかなか思いつきません。
本には書いてあって知っているのですが、普段の生活の中では忘れてしまっています。
今日通勤の車の中で、ふと思いつきました。

いつも感情や想念の嵐の中で、アップアップしながら生活しています。
その中にはまり込んでしまって、とてもそんなことを考える余裕はありません。
最近心が落ち着いてきて、やっとこのことが実感できました。

ほんと勝手に?いろいろな感情や想念が起ってきます。
ちょっと油断すると、いつのまにかその中にはまり込んでいます。
そのうちふと気がついて、そこから抜け出ます。

出たり入ったりしながらも、できるだけ客観的に想念や感情を見るようにしています。
想念観察ですね。
これは準備はいらないのですぐ始められますが、コツコツとやる必要があります。

むずかしくはないのですが、慣れるまで時間がかかります。
わたしもやっとぼちぼちといったところです。
くせになれば自然にできます。

心の中ではたいへんなことが起っているように思ってしまいますが、感情や想念はただの感情や想念です。
それがわき起こってきて、そう感じるだけです。
それは単に感情や想念であって、実際のたいへんなことではありません。

もちろん自分自身でもありません。
ただの感情や想念です。
それによって直接たいへんなめにあうわけではありません。

ですからそれらが起ってきも、慌てないでただ感じてやればいいのです。
ああ今わたしの中にこんな感情が起っている。
かなりカッカきているなあ、といった感じです。

それをじっと見ていれば、そのうち収まってきます。
エネルギーが一時的に高まっただけなので、そっとしておくとだんだんとそのエネルギーがなくなってきて、いずれ消えてしまいます。
そうすれば、また心が落ち着いてきます。

これのくり返しです。
まったく何もない平穏はありません。
生きているかぎりは、いつも動的に動いています。

これでいいのです。
起ってくる感情や想念が悪いのではありません。
そうなるのが生命の仕組みです。

そうではなくて、よくこれは悪い感情だ、よくない想念だとそれらを押し込めたり、否定したりしてしまいます。
それは逆にそれらにエネルギーを注ぎ込んでしまっています。
ただ見ていれば収まってしまうものを、逆に力を与えてしまっています。

それでそのエネルギーのほうが強くなってしまい、コントロールできなくなっているのです。
それでたいへんなめにあってしまっています。
ですから、方法は感情や想念が起ったら、それこそ感情的?にならずにただ見ていればいいのです。

と理屈はわかっているのですが、現実はたいへんきびしいです。
内から起ってくる感情のすごさに、このことは頭からすっとんでしまいます。
こんなときはどうしようもありません。

しばらくは過ぎるのを待つしかないでしょう。
落ち着いたらまたこのことを考えます。
そのうちだんだんとわかってきます。

わたしもやっと先が見えてきた気がします。
まだまだですが、このことが実感としてわかります。
といっても書いてあるとおり、上がったり下がったりのくり返しです。

でもだいぶうまくやり過ごせるようになってきました。
コツがわかってきた気がします。
やっと言っていることと、現実が一致してきました。

ともかくこのやり方を続けるだけです。
実際こころが楽になってきました。
効果はあります。
# by human-space | 2004-12-14 21:59 | diary | Comments(0)
といっても頭の中ではムカムカ、イライラは起っているのですが、それに取り込まれずまずまず安定していられました。
ほんと相変わらず同じようなことで、ムカムカ、イライラしています。
さすがにパターンが見えてきて、ちょっとは冷静に想念を見ていられました。

それでも、あやしいときはあります。
いつの間にか、外側のせいにしてしまいそうになります。
今日はうまくキープしていられました。

精神が安定していれば、これが外側に反映していきます。
まず内側。
これを意識していきます。
# by human-space | 2004-12-13 20:54 | diary | Comments(0)
早めにやってしまおうと、はりきってやっていたのですが、宛名を印刷してたら紙送りがうまくいきません。
何回やってもダメで、ホームページのQ&Aを見ても解決しません。
別のプリンターをつなぎ直してやっても、なぜか同じような症状になります。

これって今やるなってこと?
とりあえず今日はあきらめました。
いいことなし、ていう感じですがひとついいことがありました。

いままでだったら、頭に血が上ってカッカしていたのですが、今日は何故かわりと冷静でいれています。
もちろん気にならないわけでありませんが、案外落ち着いていられます。
ちょっと進歩したのでしょうか。

ともかくまずは頭の中を気にしていくことにしたので、これはいい調子です。
自我から見ると周りの状況はよくないと感じるけれども、精神状態は安定している。
このような状態でいられたら、そのうち結果はついてきます。

まずは順調?にいっています。
こんな感じでやっていきます。
# by human-space | 2004-12-12 16:11 | diary | Comments(0)
また1時間ほど気楽に瞑想していたら、ふと思い浮かびました。
初めて気がついたというわけではないのですが、これは大切なことだと思いました。
日頃過ごしていく中での基本的なことです。

今までと逆になります。
今までは外側のことばかり考えていて、何かあったら外側のほうを修正することで対処していました。
これからは内側のほうを主に考えていきます。

外側に起ることは宇宙の創造の仕組みに任せておきます。
自分から何かしようというのではなくて、映画を見ているように起ってくることを楽しんでいこうという感じです。
何もしないというのではないのですが、あまりガツガツしないようにします。

そして気にしていくのは内側に起ってくる想念です。
どんな想念が浮かんでくるのか、常に見張っています。
気持ちのいい想念はそれでいいと思いますが、そうでない想念が起った場合は、外側を変えるのではなく、自分の内側を変えるようにします。

それは自分の持っている価値観を変えるということです。
何か引っかかることがあるときは、そろそろ変えるべき時がきているということです。
今が変えるにいいタイミングだということです。

気持ちのよくない想念が起ったということは、悪いことが起こったのではなくて、いままでずっと持っていた価値観をそろそろ手放しなさいよ、というサインです。
一回思い込んだ価値観はいつの間にか正しいと思い込んでしまいます。
そのときはそれで特に問題がなかったかもしれませんが、だんだんと進化していく過程で、もうその価値観は不必要になってきたということです。

このときさっと手放していければいいですが、なかなかそういったことに気づきません。
このことを忘れてしまって、いつの間にか外側のせいにしてしまっています。
面倒くさく感じますがその時意識してやっていかないと、また同じようなことが起こってきます。

わたしもこれからです。
いつもこのことを意識してやっていきます。
先のことを考える必要はありません。

常にただ目の前のことをやっていくだけです。
それが一番ベストな方法です。
そういうふうにセッティングされています。

どうも宇宙は常に進化のほうに流れています。
常にそういう機会が現れてくるようになっているのに、自我がそれに逆らっています。
流れに乗ってさえいけばいちいち考えなくても進化していくようになっているのに、わざわざ自我がブレーキをかけています。

ただそのブレーキをかけないようにするだけです。
ブレーキさえかけなければ、自然と進化していくのです。
そのために常に自我を見張っています。

何か努力して進化しようとする必要はないのです。
ただ気になることが起こったときには、外側を変えるのではなくて、自分の内側を修正してやるだけです。
進化の流れに引っかかっていたのを外すことで、自然と流れに乗っていけます。

今まで何とかしなくてはと、難しく考えすぎていたようです。
放っておけばうまくいくのですから、心を気楽にしていればいいのです。
引っかかることがあれば、そのときやればいいだけです。

これを基本的な考えでやっていきます。
今からすぐ始められます。
今までとやり方を変えるだけですから。

内側を見張っておく。
気楽にしている。
何か起こった時は外側ではなく内側に対処するです。
# by human-space | 2004-12-11 13:01 | policy | Comments(0)
前にやった黄金の3点セットのひとつです。
これは今の自分にしなければいけないことは何もない、ということをいっています。
つまり今の自分は完璧であるので、特に何もする必要がないことです。

今の自分が完全であるとは普通は思えません。
もちろんわたしもそうです。
それでもいいのです。

今までの見方からすると、とても完全には見えないけれども、高い視点から見ると完全になっているということです。
ですから完全と思い込めばいいのです。
完全と思い込むことで、自我もそのうちそう思うようになってきます。

それは単なる思い込みではありません。
実際ほんとは完全だけれども、自我がそう思えないだけです。
不完全なものを完全と思い込め、といっているわけではありません。

完全であるのにそう思えてないだけです。
意識的に思い直していくことで、一致してきます。
これを続けていきます。

この完全であることから、今すべきことは何もないということがでてきます。
完全であるので、これ以上勉強をしなければいけないとか、修行をしなければいけないとか、今何かをしなければいけないことはないということになります。
今のままでいい、ということになります。

これはどんな人にも当てはまります。
人間として体験している人はすべてそうです。
これには例外はありえません。

もう何もしなくていいんだ、と思うと気が楽になります。
このままでいいんだ、と思うと心が落ち着いてきます。
しなければいけないことが何もないんだと思えると、逆に今のことに集中してやれます。

今を楽しもうという気になります。
これは好循環です。
これは求めていたもののひとつです。
# by human-space | 2004-12-10 22:22 | diary | Comments(0)