おとといのことですが
それでおとといのウィンブルドンの女子の決勝で気になったことですが、それはラインジャッジのクレームのことです。
ダベンポート選手は普段からマナーがよく、ジャッジにクレームを付けることはあまりないのですが、そのときはけっこう激しく抗議をしていました。
ウィンブルドンの決勝なので力がはいるのは当たり前だと思うのですが、そのとき思ったのは、自分に厳しい人は他人にも厳しくなるということです。
あとでスローを見ると、明らかにアウトで審判のミスジャッジでした。
自分がちゃんとやっているのだから、他の人もちゃんとしてもらわなくてはとなってしまいます。
それで他の人を責めてしまいます。
このときの精神状態がどこまでプレーに影響したかはわかりません。
そのあとも精神をコントロールして、冷静にプレーしているようにはみえました。
勝ち負けはこのこととは直接は関係なかったかもしれませんが、私はその時ああ、価値観を強く握りしめていたらよくないなあ、と思いました。
誰でも自分のなかに自分なりの正義の味方がいると思いますが、どうもそれを疑ってみる必要がありそうです。
それはあまりにも自然に自分のなかに根付いていて、当たり前になってしまっていて、それを疑うことができなくなってしまっています。
ここが問題です。
そのため、それ以外のものを排除してしまいます。
それによって怒りの感情などのストレスが起こってきます。
あまりに当然におこなわれてしまって、それに気づくこともできなくなってしまいます。
自分も注意しておかなくては、と思いました。
これは根深いところにあります。
どんなに自分のなかで正解と思っていることでも、絶対ではありません。
拒否する感情が起こってきた時は、自分のなかに変えるべき価値観があるということです。
それは間違いありません。
この宇宙は完全につくられています。
そう思えないのは、自分のなかの価値観に方に問題があります。
外側に問題あるのではありません。
自分のなかにこんな問題をもっているよ、と見せてくれているのです。
これは自分が気をつけることです。
現実これに対処するのは、かなりしんどいです。
それでもだまされないよう気をつけます。