神は自分自身がどういうものか、わかりませんでした。 全てであるので、比較するものがなったのです。
それで自分自身を分割して、比べることで、自分がどういうものか知ろうとしたのです。
それで比べられる相対性というものを創りました。
白と黒、暑い寒い、善と悪などなどいくらでもあります。
その中で愛と不安が中心的な概念のようです。
愛を知るために、不安も創りました。
不安な状態にいれば、愛の素晴らしさがわかります。
それでこの世界には不安があるのです。
この『神との対話』にこんなふうに書かれています。
「不安が存在した瞬間、愛もまた、経験しうるものとして存在しはじめた。」
こんな格好いいこと言えますか。
この物質世界では、想念が現実化するという原理があります。
こんな世の中になっているのは、不安が現実化しているのです。
ある意味、当然の結果とも言えます。
その状態の中でいれば、愛のことがわかります。
それが目的なのに、この世界では不安ばかりが強調されてしまっています。
不安が本体の役目以上のことをやっているのです。
そこを修正していけば、この世界は良くなっていきます。
でもそれが難しいのです。
ですからいつまで経ってもこの世界が良くなりません。
それにはまずはこの仕組みがわからないといけません。
わからずにいくらやっても、堂々巡りになってうまくいきません。
この仕組みを理解して、そのとおりやっていけば必ず良くなります。
不安を経験して、愛の素晴らしさがわかれば、それ以上不安を経験する必要はなくなります。
そこからから愛を体験することです。
それもなかなか思うとおり出来ません。
それはホルモンからくる愛とは違います。
男女の愛はそれです。
ですから思うパートナーと巡り会えたら、その本当の愛を体験できる訳ではありません。
その宇宙の愛は、一度にパッとわかるものではありません。
現実は地道に波動を上げていくしかないと思います。
面白くも楽しくもありませんが、結局それが近道です。
この世界がよく見えないのは、そういうことです。
最終的には各個人が変わらないと、世界は良くなりません。
どんな偉い政治家ができても、それは出来ません。
ちなみに家の奥さんに不安を感じたことは一度もありません。
それだからここまで続いているのだと思います。
もちろん普通の家庭にあるゴタゴタは普通にあります。
これも何かの縁があるとしか考えられません。
前にも書いてありますが、普通ではないようなことで結婚できました。
生まれる前に決めてきたのだと思います。
私も宇宙の愛を少しずつ体験してきて変わろうとしています。
このまま進んできます。
今宇宙の法則のとおりやれてきています。