朝の散歩、ストレッチ、体幹トレーニング、スクワットを平日は毎日やっています。
自分の体をよくしておこうというのは意識しているつもりです。
でもこの「神との対話1」を読んで、その意識がすごく上がりました。
全く変わったと言っていいくらいです。
それは単に肉体的なことだけではありません。
それはスピリチャル的な次元まで関係しています。
身体より自家用車のほうを大事にしているくらいだ。
これには一本取られました。
まさに私のことです。
これからは自分の体のほうを大事にしていきます。
あとお酒は精神を損なうようです。
ほどほどにはいいのではないかと言われていて、現実的にはその効果も見込まれますが、基本的にはこうなのです。
私もビールが好きで状況によっては飲みますが、晩酌は一切していません。
息子よ、あなたがたの身体は永遠にもつように創られたという意味だよ。
同じことが『ライトボディの目覚め 第三版』大天使アリエル, タシラ・タチ-レン, 等著のなかで、こんなふうに書かれています。
この分離のゲームのなかで、人類のアクシオトーナル・メリディアン・システムはオーバーセルフや他の星の人々との直接的な連結から切り離されていました。これによって脳の萎縮、老化、そして死がつくりだされたのです。
以下は「神との対話1」の記述です。
あなたがたは、決して死ぬはずではなかった。あなたがたの物理的なかたちは、すばらしく便利なものとして創られた。精神によって創り出された現実を体験できる栄光ある乗り物、魂の中で創造した自己を知るために創られたすばらしい道具だった。
前の日記で、人間はこの物質世界を旅する乗り物、と書いたことがあります。
まさにこのことです。
自分の言っていることを、後押ししてくれていて嬉しいです。
またこの体は永遠にもつということです。
やり方次第だということです。
やりようによっては、まだまだやれるとわかって心強いし、やればできるので、これからもがやろうという気になります。
魂が想いをいだき、精神が創造し、身体が体験する。これで循環は完結する。魂は自らの体験の中で自分を知る。 あなたはわたしの身体である。
この体が何と神聖なことかと分かりました。
ただの肉体ではなかったのです。
この体は神が物質化したもののです。
精神がいくら高くても、体がなかったら体験できません。
体がなかったら、この循環は完結しないのです。
魂と、精神、そして体があって自分になるのです。
本当にこの体を大切にしていかなければと痛感しました。
もっと言えば、この現実があるのは、この体のおかげです。
この体がなかったら、この世界はありません。
このことがわかって体を大事にしない人がいますか?
私は死ぬまで大事にします。
いつまでもずっと使えるものですから。