人間は誰でも、神であるということ。 神が自分とはどうものであるかを知るために、自分を分割して、体験しようとしています。
これが「神との対話」で一貫して言われていることです。
このことがこの本に何度も出てくるので、やっとそうだと思えるようになりました。
一度わかったような気になっても、あまりにも深い根本的なことなので、なかなか自分のことと思えないのです。
それがやっと腑に落ちました。
これですべての時において、こう思えるようになります。
もちろん忘れてしまうことはあります。
覚醒していない今は、しょうがありません。
でも出来るだけ意識しておきます。
そうすれば自分に自信と誇りが持てます。
これがこの本で一番大事なことかもしれません。
具体的なやり方はいろいろあるのでしょうが、この根本的なことをわかっているかどうかで、実際にやってみるときの中身が違います。
このことを自分の中で、できるだけ濃くしていきます。
その濃さが成長のレベルです。
まだまだ薄いですが、これからです。
この生で出来るだけのことはやります。
それが具体的にも、いい人生を送れるのです。
だからわたしは、あなたがたが体験のなかで自分を新しく創造し、知る方法を編み出した。そのために、あなた方につぎのことを与えた。
①相対性ー他者との関係のなかであなたが存在しうるシステムだ。
②忘却ーこのプロセスで、あなたは完全な健忘症になる。そして、相対性は単なるトリックに過ぎず、あなたは全てであるということが、わからなくなる。
③意識ーこれは、完全な認識に達するまでの状態だ。完全な認識に達したとき、あなたは真実の生きた神になり、自分自身の現実を創造して経験し、その現実を拡大して探求し、自分の意識を新しい限界にまでーあるいは際限なくひろげつつ、現実を変化させ、再創造していく。
このパラダイムでは、意識こそすべてだ。意識ーあなたのほんとうの認識ーは、すべての真実の基本であり、したがって霊性すべての基本である。
でも、そんなことをして何の意味があるのですか?第一に、あなたはわたしが何者であるか忘れさせ、それから、何者であるかを思い出させるのですか。
意味はあるよ。いまの自分、そしてこうありたいと思う自分を創造できるようにするためだ。
それが神として存在する行為だ。わたしがーあなたを通じてーわたしとして存在する!
これが、人生すべての要だ。
あなたを通じて、わたしは自分が何者であるか、何であるかを体験する。あなたがいなくても、わたしは知ることができるが、しかし体験はできない。知っていることと体験することとは、まったくちがう。わたしはつねに体験を選ぶ。あなたを通じて、選んでいるのだ。