視点=現実。 本当の世界では全てが今この瞬間にあるので、視点を変えるだけで、すぐ創造でき、すぐそこに行けます。
そこは時間も場所もないからです。
視点=思考=現実。
この物質世界では、その視点が思考になります。
ただこの物質世界では、現実化には時間のズレができるのでわかりにくいですが、思考が現実になるのが大原則です。
また、もっと大きなこともおっしゃった。大宇宙で魂は、思考と創造の直接的なつながり、考えることと経験との直接的なつながりに気づくと。
そう。大宇宙のレベルでは、岩と同時に岩のなかの動きが見える。原子の動きと原子が創造している岩のみかけとのあいだに、「時間のずれ」はない。原子が動いていても、岩は「存在する」。それどころか、動いているからこそ存在する。原因と結果が同時に起こっている。「同時に」動きがあり、岩が「ある」。「死」を迎えたとき、魂はそのことを悟る。要するに視点が変わるのだ。もっと多くが見えるし、理解できる。
死後には、理解に限界がなくなる。岩を見、同時に岩のなかを見られる。
だが、視点が思考を創り、思考がすべてを創るという真実さえ覚えていれば、それに、身体を離れる前にこの真実を思い出せば、あなたの人生はがらりと変わる。
思考をコントロールするには、視点を変えればいい。
そのとおり。視点を変えれば、考えが変わる。この方法を覚えれば、思考をコントロールできる。経験を創造するには、思考のコントロールこそすべてだ。これをつねに祈ることだと言うひともいる。
さっきもそうおっしゃいましたね。でも、祈りをそんなふうに考えたことがなかったな。
考えたらどうなるか、想像してみたらどうだ。思考をコントロールし、方向づけをすることが、最高のかたちの祈りだと思えば、良いこと、正しいことだけを考えるだろう。たとえ深い闇に包まれていても、否定的なことや闇にこだわらなくなる。ものごとが荒涼として見えるときでも、いや、そのときこそ、完璧さだけを見るようになる。
いつでも、話はそこへ戻りますね。
わたしは、道具を与えようとしている、この道具があれば、人生を変えられる。 過去に起こったこと、いま起こっていること、これから起こること、すべての出来事は、あなたの内なる思いや選択、思考、そして自分とは何者か、何者でありたいかという決断がかたちとして現れたものだ。だから、自分でいやだと思う人生を嘆くのはやめなさい。かわりにその人生を変え、そんな人生にしている条件を変えることを考えなさい。