「神との対話3」より
一瞬一瞬に神は自らを表現している。それはあなたがたを通して行われている。あなたがたは、神がどう創造されるかつねに選択している。神は決してその選択を奪わないし、「間違った」選択をしたからと罰しもしない。また、あなたがたを指針なしに放り出しもしないし、今後も決してそんなことはない。あなたがたのなかに、わが家に戻るための指針のシステムが組み込まれている。そのシステムとは、つねに最高の選択肢を語りかける声であり、最も偉大なヴィジョンを教える声だ。あなたがたは、その声に耳を傾け、ヴィジョンを捨てずにいればいい。
これってまさに車のナビのことですよね。
ナビを見て走っていて、それでも道を間違うこともあります。
でもナビは怒りません。
冷静に次の修正ルートを教えてくれます。
そうしてモタモタしながらもなんとか目的地に着くことができます。
知らないところは、ナビがなかったら行けません。
前にスキーに行った時、遅くなって暗くなってしまいました。
おまけに雪も降ってきました。
右も左もわからない真っ暗な道でも、ナビがあったので、それを頼りに宿まで行くことができました。
これはまさにこの世と同じです。
真っ暗でどっちに行ったらいいのか、まるでわかりません。
でもナビがあれば、そこに向かえます。
どうも人間もそのナビを持っているようです。
それが神に向かう道を教えてくれます。
こんなありがたいことはありません。
でも車のナビと違うのは、その声がささやかなのです。
よーく注意していないと聞き逃してしまいます。
それで私も同じようなところをグルグル回っています。
でもいつのことかはわかりますが、最後には神に行き着きます。
それは間違いありません。
本当の世界では、誰もがもうひとつの神なっているのです。
それしかならないのです。
それ以外なりようがないのです。
ですから行けないのではないかと、気にやむことは一切ありません。
でも今、いつのことかわからないことを考えてもしょうがありません。
今、目の前の交差点をどっちに曲がるのか考えていればいいのです。
それが積み重なって、神に辿り着くのです。
ですから私たちは、その道中を楽しんでいけばいいのです。
旅はその目的地だけでなく、その道中が楽しいのです。
いい旅をしていきます。