当たり前で簡単なようですが、意外と難しいのです。
私は仕事を退職して、年金で暮らせるようになって、やっとそれができるようになってきました。
やはり仕事をして、家族を養わなければいけないという時、とてもそうはできません。
それも退職してすぐできたわけではありません。
やめた最初の頃は、その延長であまり変わりばえはしませんでした。
それが少しずつそうなれてきました。
もちろんそれが完全にできていることではありません。
様々なちょっとしたことはあります。
総じて心地よくやれてきているということです。
経過はこの日記を読んでもらえばわかります。
少しずつ一歩進んで二歩下がりながら、やっとここまで来れました。
我ながらよくやれていると思います。
この心地いいというのは、単に情緒的なことではありません。
スピリチャル的深い意味があります。
そこが肝心なのです。
自分が心地いいと感じている時は、意識が内側に向いているのです。
意識が外側に向いていると、意識が真ん中のいい位置にいれていません。
魂が自由になれていないのです。
意識が内側に向いている時、魂は自由でいれるのです。
それで自分の思うように現実化していけます。
そこが重要なのです。
スピリチャル的に考えているとば、わからなくなることがあります。
そんな時、今心地よくいれていれば、それでいいということです。
そうなら難しく考えることもありません。
今どうしてそうなれてきたか考えてみれば、仕事を退職したというのはもちろんありますが、スピリチャル的アプローチを地道に重ねてきたということです。
細かくはこの日記に毎日つけています。
それがやっと実ってきました。
その中で何が一番効果があったといえば、毎日夢を見だしたことです。
自分でもそれがいいのかどうか微妙なところもあります。
それは何の努力もしていないからです。
スピリチャル的アプローチは自分なりには、頑張ってやってきたことです。
それなりの努力もしました。
でも何が一番かと言われれば、やはり夢なのです。
夢を見ることで、現実の表面意識が、夢のアストラル意識に融合してきたことです。
それで想念や感情、欲を客観的に見れるようになりました。
それで内側が変わり、大きく進化できた気がします。
スピリチャルで語られてきていることが、より深く理解できるようになったのです。
そうでなかったら、それはただの知識でした。
その知識も大事なことではありますが、より深く理解できないと、わかったことにはならないのです。
もちろん今完全にわかっているわけはありません。
ただそれがただの知識でなく、真実だと思えるようなったのです。
これは大きな違いです。
それでも今、まだまだスピリチャルを頭で考えています。
それが自然に思えるようになることです。
それがだんだん出来るような気がしています。
自分が心地いい生き方をしていればいいと思えているのが、その中のひとつです。
これが自然にそう思えます。
そういうシンプルな思いが真実です。
そう思えている時は間違いありません。
やることはいろいろありますが、まずはそれです。
毎日心地よく過ごしていきます。