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スピリチャル日記

humanspace.exblog.jp

より良い人生を送るために、新しい人間、宇宙観を考えていこうというものです

本当に求めるものは幸福感ではない

昨日は寒くて、布団の中の暖かさがありがたいと思えました。
その時ふと思ったのは、この暖かさは、その前に寒さを感じていたから、暖かいと感じることができはということです。
先に寒さを感じなければ、暖かいと感じられないのです。

逆に夏に冷たいアイスが美味しいと思えます。
その冷たさは、先に暑いと感じていなければ感じられないのです。
これが相対的だということです。

この世界はまさに相対世界です。
一つのものだけでは成り立たないのです。
何かと比較することで、何かが得られるのです。

そう考えていたら、こんなことにも気がつきました。
前にもよく言っていたことで、健康でいられているありがたさを、よく忘れてしまいます。
我ながら情けないと思っていました。

それは意識の仕組みから来ているのだと考えていました。
意識は何か新しいことがあると、その前のことは、意識からなくなってしまいます。
ですからどんなに覚えていようと思っていても、忘れてしまうのです。

この健康のありがたさは、実際に不健康になったとき感じます。
そうなってみて初めて、健康でいれているありがたさに気づくのです。
そんな辛い思いをしなくても、常に健康のありがたさを覚えていなくてはと、ずっと思っていました。

でも考えてみれば、これも相対的なものです。
不健康になって初めて、健康ありがたさが生じるのです。
健康でいる時は、その概念はあっても、そのありがたさの感覚の実態はないのです。

ですから、それは忘れているのではありません。
ないものは、感じられません。
健康時は、そのありがたさは感じられないのです。

今までそれは自分の波動が低いために、忘れてしまうとずっと思っていました。
そういうことなら波動が上がっても健康でいる間は、健康のありがたさは感じられません。
感じられなくてもよかったのです。

それがわかって、ちょっとホッとしました。
自分がバカだったのではなかったのです。
それは元々どうしようもないものなのです。

そういえば前に堕天使の映画のことを、このブログに書いたことがありました。
その堕天使はサーカスの女の子が好きになったのですが、体がないので触れることができません。
それで羽を落として、この地上に降りてきたのです。

そこでコーヒーを飲んで、暖かさとはこういうものなんだと分かりました。
今までの絶対世界から相対世界に降りてきて、ベルリンの冬の寒さを感じたことで、コーヒーの暖かさを感じられたのです。
絶対世界では全てがひとつで、比較するものがないので、こういうことがわからないのです。

この絶対世界の何も感じないレベルのことを、神の至福感と呼んでいるのだと思います。
それはいい悪いとかいう、相対世界のものではないのです。
これが全ての感覚のベーシックになるものです。

それでよく言う幸福感というのは、この相対世界のものです。
何かと比較して、そう感じているのです。
ですからそれは相対的で、自分がどう思うかで、どうのようにでもなるのです。

そんな不安定なものなので、幸福感をいくら求め回ってもキリがありません。
自分が同じような状況でいられても、比較する周りが変われば、今までの幸福感は変わってしまいます。
もちろん自分自身が変わることもあります。

ですから本当に求めるのは、相対的な世界での幸福感ではありません。
絶対世界の至福感です。
でも私にはそれがどんなものかよく分かりません。

想像するのに、それは何も感じないということかもしれません。
良くも悪くも思わない。
気持ちよくもなく、気持ち悪くもないという感じでしょうか。

そういうベーシックな感覚を得られればいいのではないかと思います。
それは今はどうしようもないと思えるレベルです。
でもそのうち何か感じることがあるかもしれません。

確かなのは、今まで言われている幸福感は、それはと違うということです。
求めるのはそれではありません。
その幸福感を求めて、この物質世界を探して回るのではないのです。

ともかくやるべきことは、今やっていることを続けていくことです。
それで何か見えてくるかもしれません。
それを期待しないで、日々目の前のことを、今までどおりやっていきます。



by human-space | 2023-12-30 11:25 | (&)新たなステージで感じたことや体験 | Comments(0)