昨日夜中に目が覚めて、ふとパソコンのことでイライラしたことを思い出しました。
それはどうして起きてきたのだろうと考えました。
そこで得た結論は、このイライラは自分が勝手に思っているだけだということです。
起きてきていることが、間違っているということではないのです。
起きてくることは今回に限らず、全て意味はないのです。
それは自分の中にある固定観念があって、起きてきたことにそれが反応しているだけです。
それはほとんど全ての反応の原理だと思います。
単純なことなのです。
そこはいくらグチャグチャして複雑に見えても、原理はシンプルなのです。
ですからそのイライラを解消するには、起きてくることをどうにかしようとするのではなく、自分の固定観念の方を変えていくことです。
それをしないと、いつまで経っても同じようなことは起きてきます。
その固定観念が変わらないうちは、外側を何とかしようとしても、意味がありません。
でもその自分の中の固定観念を変えるのが難しいのです。
それは脳のシナプスの配列が、物理的に固定されているからです。
ちょっとやそっとでは変わりません。
ですから当面は、そこから起きてくるいい悪いなどのいろいろな感情を、受け入れていくしかありません。
そんな固定観念がなくなれば楽になれると思いますが、それはすぐには無くなりません。
でも考えてみれば、それが自分の個性なのです。
もっと言えば、この生での自分なのです。
もし死んでしまえば、自分がなくなるということになります。
でもそんな心配はありません。
死んでしまうと脳に残された記憶はなくなりますが、今まで生きた痕跡は宇宙に記憶されています。
水面に石を投げると波紋が広がっていくように、それが永久に宇宙に保存されているのです。
それはレーザー光線を使ったホログラムの仕組みと同じようなものらしいです。
そしてもっというと本当の自分は、その固定観念ではなく、魂だからです。
固定観念は変化していくでしょうが、魂は永久に変わらないようです。
そうなら今の自分は、本当の自分ではないことになります。
そんなことを考えていると、固定観念の自分と魂の自分が、別のものと思えました。
今までずっとこの固定観念の自分が全てだと思ってきました。
スピリチャルの知識ではわかっていても、現実にそうは思えていませんでした。
それがはっきりわかったことで、この固定観念の自分と魂が融合していくことが、目覚めだと思えました。
今まで漠然としてきたことが、明確になりました。
それを目指してやっていきます。
やることはわかってきました。
といってもすぐにやれることはありません。
そんなスピリチャルのおまじないはありません。
気長にこの固定観念の自分と付き合っていきます。
少しずつ融合していきます。
そのがこの生でやるべきことです。
それで死ぬことになってこの肉体から離れれば、目覚められます。
誰でもいきなり100点になれるのです。
でも今は少しずつ100点に近づこうとしているのです。
そうならみんな、この地球で演技をしている役者さんたちです。
死ぬとその演技をやめて、本来の魂に戻ります。
芝居が終われば、みんな同じになるのです。
映画のようにいろいろな役者さんがいます。
朝ウォーキングで出会う変なおっさんも同じです。
みんなこの地球で演技をやっています。
そして死んで魂に戻れば、頑張ってやってきたお互いの役を讃えあえます。
それがどんな役でもです。
どんな役をやりたいかは、人それぞれです。
何をやるかは自分で決めています。
それはどんな役をやっていっていても許されます。
その役がヒトラーでもです。
死んだ時はみんな覚醒しているので、そのことがわかっているから許せるのです。
それは今の意識ではとてもそんなことは出来ません。
それが出来るのは、お互いが魂同士だからです。
この物質世界で、100点になるのは難しいです。
それは山に篭って瞑想をし続けなければできないのではないかと思います。
それくらいですから、この世俗の中でやろうとするのは至難のことです。
それをやろうとこの生に生まれてきている人は、勇気があります。
それだけでも立派なことです。
それが大変だけれども、そこが面白いと思っているのでしょう。
どうも今は地球自体がアセンションに向かっているので、それに乗っていけば、そうなれるみたいです。
今がチャンスです。
今なら誰でもなれます。
それがわかって、ここに来てるのです。
そうでないと、この世界は厳しすぎます。
そうなら何とかやれそうです。
昨日は夜中に目が覚めて、こんなことを思いました。
スピリチャルは本当にあると思います。
それをこれから自分で体験していきます。