幸せは相対的な感覚です。 ですから移ろいやすいものです。
求めるのはいいのですが、それにずっと固執しないことです。
今は神としてこの物質世界の体験をしています。
それにはいいも悪いもないのです。
いい悪いも相対的なものです。
普通はいい体験をしたいと思います。
でもどっちがいいということはありません。
体験したいものをすればいいだけです。
幸せにこだわりすぎることはないということです。
今幸せでいれてなくていいのです。
もちろん求めなくていいということではありません。
ただ体験が出来ていれば、それでここにいる目的は達成しています。
幸せは目的ではないのです。
ですから神は幸せになりたいと思っているわけではないのです。
もちろん不幸になってもらいたいとも思っていません。
幸せになろうと神頼みをしても、神からすれば特別なことはないのですから、特別なことはしてもらえません。
ですから人間が今どんな状況でも、ただ見守っているだけです。
その人がいかに不幸と思っていても、特別なことはしてくれません。
意識の状態が現実になるという、神の法則があるだけです。
それを使って、自分で思うような現実を造っていくのです。
どうなるかは自分にかかっているのです。
神は自分が決めたことを、現実化するのを手伝ってくれるだけです。
神に特別なことを期待しないことです。
幸せは最終的な正解の状態ではありません。
ただの一つの形態です。
もし今幸せになれていなくても、何も問題ありません。
今のままでいいのです。
安心していていいのです。
幸せになろうと焦ることもありません。
別の方がいいと思うなら、そうなればいいだけです。
自分の思ったように体験すればいいだけです。
やるべきことは今からどうするかです。
今どんな状態でも、神レベルから見れば問題ありません。
ですから今のことを悲観することは何もありません。
常に問題はこれからどうするかだけです。