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スピリチャル日記3

humanspace.exblog.jp

より良い人生を送るために、新しい人間、宇宙観を考えていこうというものです

一体何を学ぼうとしているのだろうか

昨日、今日と散々な思いをしました。
昨日はテニスに誘われ、この前の基本的には起きてくることを受け入れるということで、行ってみたらうまい人が多く、自分の下手さ加減を思い知らされました。
今日はボーリング大会で、考えられないような点が出てしまいました。

こんなことはたいしたことがないといえばそれまでですが、その本人にとってはおおごとのように感じます。
昨日はそれ程ではなかったのですが、きょうはけっこうこたえました。
自分はもちろん格好わるいのですが、同じレーンで投げている人に迷惑をかけて申し訳ないと思ってしまいます。

自分ではこんな体験はもういらないと思っているつもりですが、まだこんな体験をするのは、ここから何を学ばなければならないということです。
それもさっとわからないのは、まだまだということでしょうか。
いろいろ考えてみますが、決定的なことはわかりません。

そのなかで一番大きいと思うのは、変化する勇気がなかったことです。
前にテレビでボーリングの投げ方を解説していて、今度やるときはこれをやってみようと決めていました。
でもいざやろうとしたら、ボールがどこに行くかわからないので怖くて投げられませんでした。

今までどおりの情けない投げ方で、ずっとやってしまいました。
今考えると、どうせこんな点しか出ないのならやってみてもよかったのに、どうしてやらなかったのだろうと思います。
いま考えてみると不思議なくらいです。

最近は自分でも積極的になってきつつあるので、特にどうしてだろうと思います。
昔からボーリングは点が悪くて楽しめたことがないので、その感覚が頭になかを占めてしまっていたので、うまくいかなかったのかなあとも思います。
自我のなかでもがいていたのでしょうか。

今回は少しは落ち着いていて、やっている間今にいることを意識はしてみました。
それでも結果はあまりに悲惨な状況でした。
この世界で無駄なことはひとつも起こらないですから、何かこの情けない状況を体験する必要があったのではないかと思います。

変化する勇気をだして実践できなかった、ということを特に思います。
これはもし次ぎに何か変化の機会があったら、今度は恐れに負けないと、勇気を出せそうな気がします。
今度は何もしなくて情けない思いはしないぞ、と思います。

これは次のもっと大事なときに助けになれば、この惨めな体験は価値ある体験に変わります。
次の大きな変化のときに、弱腰にならないように、こんな体験をしたということでしょうか。
それなら素晴らしいことになります。

これは今思っているだけで、確信はありません。
ただの言い訳かもしれません。
いまはどちらかはっきりとはいえません。

口で言うは簡単ですが、いざ実践するのはなかなかできないです。
過去のトラウマのようなものがあると特にそうです。
頭のなかがそれが占めてしまってしまうからでしょう。

次はやります。
何もしないで、惨めな思いをするのはいやです。
勇気を振り絞る必要があるかもしれませんが、やります。

それとひとつ変わってきたと思うのは、そんなに落ち込まなくなったことです。
前はこんなことがあると、すぐ落ち込んでしまっていました。
確かに惨めな思いをしているのですがそれにはまり込まないで、その惨めな思いを第三者的にみていれます。

これも想念観察のせいかでしょうか。
ともかく意外と冷静にいれます。
自分でもちょっと不思議な気がしています。

今までだったら、こんな点人に見られたらどうしようと悩んでいるでしょうが、好きなようにしてと思え、割に気になりません。
もちろん全然気にならないわけはありませんが、意外と冷静にいれています。
これは進歩しています。

この違いははっきりとわかります。
何を学ぼうとしているのかは、これからわかってくるのではないかと思います。
どんな体験も進化に必要なことであるはずです。

無駄な体験をすることはありません。
今回のようなことでもです。
進化の道しるべとなるはずです。

いつの間にか考え込んでしまうこともあるかと思いますが、これ以上は頭で考えないようにします。
今にいれば、そのうち何か浮かんでくるでしょう。
これからはもう、次の目の前のことをやるようにします。
by human-space | 2005-10-12 23:22 | diary | Comments(0)