もう否定的な現実は現れてこない
というか、現れてくる現実を否定的には解釈しないようにするということです。
そう思うと、どんなことが起こってもいいことになります。
前から言っていることですが、元々この現実は中立であって、何も意味はついていません。
それを自我がいいこと悪いことと、自分勝手に解釈しているだけです。
ですから、どんなこともいいようにとれば問題ないということになります。
理屈はこれであっていると思います。
ことは簡単なように思えますが、現実は今までの思いこみが強くて、いつの間にか今までの解釈に戻ってしまっています。
理屈と現実が違うことになってしまっています。
最近やっと理屈と現実が合ってきました。
意識的にいいように解釈できるようになってきました。
時々厳しいときがありますが、意識してこれは自分にとっていいことが起こっているので、悪いようには思わないようにしようと思っています。
それでもう、否定的なことは起こらないのではないかと思えてきました。
いいこと、楽しいことばかりではありませんが、悪いことは起こらないのではないかと思っています。
ただ起こってくる現実を見るようにするだけです。
ある程度は意識的に現実を選択していきますが、とりあえずは起こるに任せておきます。
こうなると気が楽です。
基本的には何もしなくていいのですから。
起こるに任せておいて、気に入らないところだけを変えるように選択する。
そんな感覚でやっていきます。
これでいいように思います。