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スピリチャル日記3

humanspace.exblog.jp

より良い人生を送るために、新しい人間、宇宙観を考えていこうというものです

2005年 09月 10日 ( 1 )

普段の自我は善人ぶっていて、見えないようにうまく隠れています。
表面上自分としては普通のいい人のつもりでいます。
その状態でいれているときは、何も問題がないので自我のことに気がつきません。

スムーズに事が進んでいると、自我を意識することはありません。
それで何も問題ないように思ってしまいます。
善人でいれているときは、このままでも神に近づいていくのではと思ってしまいます。

それがガツンと言われると、カッとくると感情があらわになって、自我あるのがわかります。
確かに外側のことに反応している自我があることがわかります。
そしてそれが神とはほど遠いことがわかります。

自分としてはそれなりに善人にいれているように思っているので、それで満足してしまいます。
このままでそのまま進化していけるのではないかと思ってしまいます。
明らかな勘違いでした。

どんなに表面上善人ぶっていても、心の奥では自我が潜んでいます。
それが時々ガツンと言われて、激情が起こってくるたび、ああ全然駄目だと思ってしまいます。
この自我を修正しない限りは、とても神の子だなんてはいえません。

ほんと激しい感情が起こってきますね。
近頃今にいるように意識しだしたせいか、何とかこのように客観的に見れるようになりました。
といってもほとんど余裕はありません。

心の隅でこうしていれるだけです。
ほとんどこの激しい感情と一体になってしまっています。
まだまだあやしいです。

いろいろ新聞沙汰になっている人がいますが、その気持ちはわかります。
とても人ごとではありません。
自分も気をつけなければ。

確かに自我はあります。
自分の中にも過敏に反応する自我があります。
この自我を自分とは思わないようにしなくてはいけません。

反応しているのは自我であって自分ではないのです。
ここをクリアーしなければいくら善人のようにしてても、何にもなりません。
ただの表面的なものです。

それは何かあればすぐぼろが出てしまいます。
自我と一体になっているうちは、外側のものに過敏に反応してしまいます。
とても不動心にはなれません。

この自我との分離感をえるには、つねに想念観察をしていることです。
つまり今にいれていることです。
今にいれていれば、自然と自我との分離感を感じられるのではないかと思っています。

やはり地道にやるしかないようです。
面倒くさいように感じますが、やるだけの価値があります。
というかこれをやらなければ、いつまでも平穏はえられません。

本当の心の平穏をえるには、ここを抜けなければなりません。
ここにいる限りはどんなに表面上ちゃんとしているように見えても、上がったり下がったりの繰り返しになります。
ここにいる限り悟ることはできません。

これでいいと感じられるまでは、今にいるをずっとやります。
やるしかありません。
それでも先のことばかりをを見ないように、今を楽しみながらやります。
by human-space | 2005-09-10 23:29 | diary | Comments(0)